旅路




「おれの兄貴にそっくりだ」
 カーラムはその言葉をぼんやりと聞くだけに留めておいた。
 叔父は言ってから、しまった、という風に溜め息をつき、頭をかいて声の調子を変える。
「ここを抜ければ目的地だ。慌てることはないが、急げ。夜になったらかなわん」
 足場の悪いこの崖で野営など、彼らでも遠慮したい寝床であった。寝返りをうって崖の底、など笑い話にもならないが、実際に年に何度かはそういう話を聞く。酒場の連中に話の種を提供してやるような親切心はない。
 カーラムは「はい」と頷いた。
 渓谷の中にあっても、影の位置や太陽の光の加減などである程度の時間は読めた。中でも一番の効果を発揮したのは腹時計である。二人の時計は正確に昼をたたきだし、わずかに広くなった場所で山羊を止め、地面に腰を落ち着けた。揺れっぱなしだった足下や尻が落ち着き、カーラムは一息つく。
 長旅だからと荷物は少なく、この崖に入るからと元々少ない荷物を更に少なくした。山羊たちの負担を少しでも軽くするためで、持ってきているのは毛布と数枚の着替えに靴、水と食糧だけである。だから腹が膨れればいい、という最低限の用を足すための食事であり、質素を通り越して粗末でさえあった。
「育ちざかりには酷だな」
 持ち歩いて硬くなったパンと乾燥させた木の実をカーラムと自分に分けてから、叔父はそう言って懐から何やら取り出した。
 取り出したのは小さな巾着で、その中から手のひら大の包みを取り出す。それを出した途端、これまでついぞ縁のなかった匂いがカーラムの鼻をついた。
 叔父が取り出したのは干し肉の切れ端だった。さすがにいくつも持ってくることは出来ないが、いざという時のためにわずかな数を持ち歩くことはある。今までは人の生活圏の側を通っていたためにこんな非常食を出す必要もなかったが、この崖に入る数日前から食事は粗末になる一方であった。
 狩りなどで山に籠ることもある叔父からすれば大したことではないが、育ちざかりにはいささか堪える食事内容であったことは間違いない。元々、カーラムはここしばらくの出来事で痩せていく一方であったが、この数日で更に痩せていった。
 旅もあと少しで終わる。最後で倒れることのないよう、力の蓄えは必要だった。
 これはカーラムのための旅なのだから。
 小指ほどの大きさの干し肉をお供に、二人は手早く昼食を済ませ、山羊にも草と水を与えた。そして少し休憩してから、再び進み始めた。


 叔父が操る危なげのない山羊の足取りを真似て、カーラムも手綱を操る。山羊の扱いに慣れているとはいえ、この崖は難所すぎた。こんな道は彼らの故郷の周囲にはない。叔父のように山々を歩き回っていた人でなければ先導も難しく、だからこそ叔父は旅の同行を断らなかったのかもしれなかった。あるいは責任感のある人だからかもしれない。二人の親族はもう、お互いしか残されていなかった。

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