いつまでも




 遠い目で、庭にぽつんと佇む白木蓮を見つめた。
「お嬢さんのことがとてもとても好きだったから、彼女のために出来ることをしたかった。亡くなったことも知らずに、ただひたすらにお嬢さんのためだけに冬に咲くことを、自ら選んだのだと思います」
 守る、という声だけが、白木蓮の中に残滓として残っていた。
 もはや、娘の生き死にも白木蓮には知覚出来ない。それほどの力を注ぎ込んで、白木蓮は一心に足元で蠢くものを抑え込む。言葉を捨て、季節の移り変わりを愛でる感覚を捨て、たった一つのものを、大事に大事に守りぬくために。
──守る。ずっと守る。あなたをずっと。
 とても好きだったから、と、花の一つ一つが語っているようだった。
 しばらくの間、沈黙が流れた。雪は相変わらず降り続き、白木蓮はひたむきな想いを抱えて立つ。
 そうして、沈黙を破ったのは勇だった。
「……娘は、病院で死んだんだ。……ここで亡くなっていれば、あの木も気づいただろうか」
「その時点ではもう、何を感じる力もなかったと思います」
 そうか、と答えて、逡巡した後にもう一度問う。
「教えてやった方がいいのか」
 名彦は白木蓮を見つめたままの勇を見た。
「……春に咲いてほしいのであれば。……ただし、私の見立てでは、そうなれば枯れてしまうかと」
 勇は喉の奥で嗚咽を飲み込み、手で目を覆った。食いしばった歯の間からは堪えきれなかった嗚咽が聞こえ、頬には涙が流れる。何かが崩れ去ったのだと感じた。
 名彦は静かに言った。
「いずれは、白木蓮も気付くでしょう。ですが、それはいずれの話。それまでの間、時間はたっぷりとあります。それをわざわざ、早める必要はないでしょう」
 そう言った後、名彦は自分が担いできた木の薬箱の引き出しを開ける。中には細長い包みが一つ入っており、それを取り出して頼子ら二人の前で包みを開いた。和紙で包まれた中には、青々とした竹が節目一つ分で切られた状態で入っていた。
「それは……?」
「これを白木蓮の傍に刺しておいて下さい。そして万が一、白木蓮に何かあった時には、竹に向かって呼びかけていただければ、その時はまた私が伺いましょう」
 おそるおそる頼子が竹を手に取ると、何の変哲もない、本物の竹であることがわかった。節の部分は抜かれておらず、両端が塞がれた状態になっている。振ってみても、中に何かが入っている様子はなかった。
 涙をぬぐった勇も竹を見つめる。
「植物の声が聞こえるとか、そういう類のものか……?」
「ええ、まあ。私の場合は竹と相性が良いもので」
「呼ぶというのは、先生の名前か何か……名彦先生とお呼びすればよいのでしょうか」
 いえ、と名彦は微笑した。
「そちらは便宜上の名前でして。通称を呼んでいたければ」
「通称?」
「竹の弟と書いて、ちくていと。それで通っています。以後、お見知りおきを」


 ある町に、季節外れの白木蓮が咲く家があった。そこでは冬に白木蓮が花を咲かせるようになってから子供が亡くなったため、呪われた花だと噂されていた。
 だが、その家の夫婦は白木蓮を大事にしているという。
 いつか枯れるその時まで、冬ごとに訪れる季節外れの春を二人でじっと待っているのだと、後に名彦は人づてに聞いたのだった。




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