第五章 覇王
第五章 覇王
真に賢王とは何かを、数十年前に説いた学者がいる。それは遂に彼の自説の域を脱し得なかったのだが、今でも高官や臣の中には教本として彼の著書を持つ者が少なくない。
信じる信じないは別として、今現在この玉座におさまっているのは賢王であるのか。
否とも是とも思う。
──非道であれ。
他者の追随を許さぬほどに。敵には氷のごとき刃を以て、歯向かう者には制裁を──畏怖されるべき非道の王であれ。
以前、主君が語った言葉だ。そして恐らくは、それは正しい。
この男は非道であり、王である。
他国には脅威。しかしながら国民にとって彼は確かに王であり、国を守る英雄でもあるのだ。そこに意思の差は存在しない。事実に基づいた現実だった。
「──そう、その通りだ」
玉座に座り、頬杖をつきながら男は言う。髭も深い皺も白髪もない。若さに満ち溢れるその男が持つのは威厳と冷徹なまでの意志と──強さだった。
「穏健な王の統治する国が生き残れると思うか」
「……どう思いで?」
「始めの内は栄える。武力を表にせず、血を流さず、衝突せず……国民の理想像だ」
だがな、と言って小さく笑う。どこか嘲笑にも似たそれは男によく似合っていた。
「理想は理想だ。血を流さず罪人をそのままにすれば、それは放置に他ならない」
不意に笑いをおさめた男の顔が、冴え冴えとしたものに変わる。
「無血は美しいだろう。しかし罪人の放置こそが国の罪だ。血を流さずに贖える玉座など存在しないということだよ。……エルダンテの執権殿はその点では合格だ」
頬杖をやめ、玉座に深く腰掛けた。
「恐れながら、国王を差し置いての此度の要請。国の威信を無視した行為にも窺えますが」
- 91/862 -
[*前] | [次#]
[しおりを挟む]
[表紙へ]
0.お品書きへ
9.サイトトップへ