番外編 王城狂想曲



番外編 王城狂想曲


 暗い部屋に一つ、明かりが灯る。燭台に灯された明かりは不安げに揺れ、それを囲む男たちの影を室内へ妖しげに映し出した。風もないのに揺れる姿はそのまま彼らの心を表しているようで、じっとそれを見つめていた一人が口を開く。
「……それで、今日までにどれだけの数が?」
 頬と腹にたっぷりとした脂肪を蓄えた老年の男だった。それでもいやらしさが感じられないのは温和そうな目と、穏やかな話しぶりのお陰であろう。鼻の下には真っ白な髭を豊かに生やし、全体的にころころとした印象の体型と相まって、陰で「小人の賢人」と囁かれていることを彼は知らない。勿論、賢人と称されるだけの尊敬と愛情がそこには込められていた。
 その隣に座したのは度のきつい丸眼鏡をかけた、これまた老年の男である。ここに集う人間の中で一番に小柄で肌白く、小さな顔を覆い隠すような眼鏡が印象的だった。黒を基調とした帽子の中にくせっ毛の白髪を納めている。
「わたしの元には二十ほど。そちらはまだ多いと聞きましたが……」
 どこかおどおどとした雰囲気が抜けない話し方であるが、何かが怖いわけではない。そういう性分だった。
 そちら、と話を投げかけられたのは痩身で背の高い男であり、こちらもまた老年である。見えているのかいないのかわからない細い目と、いくぶん長い顔を彼らの主君は腹が立った時などには「馬面」と言うが、馬ほど大きな目をしているわけではないことを、男は充分に承知していた。だから言われたところで何も思うところはなく、彼が目下気にしているのは、帽子の下に隠れた薄くなった頭である。いっそのこと坊主にしろ、というのが主君の言であり、彼にはそちらの方が随分と傷つくのだった。
「昨日の時点で二百余り。おそらくは、今も増え続けていることでしょう」
 きびきびとした口調で簡潔に告げると、めいめい溜息をつかざるを得なかった。
 そんな三者を見回し、ラバルドは何故自分がこんなところにいるのか、事の始めから思い出していた。
 溜まった書類を片付け、主君の裁可が必要なものをより分け、既に片付いた案件については書庫へ整理しておこうと自分の執務室を出たのが朝のこと。いつもより順調に運ぶ仕事に、ラバルドは満足していた。常にこうであるならもっと助かるのだが、贅沢は言うまい。何の気まぐれか、このところイークが真面目に事務仕事を片付けていくのである。これ以上の贅沢を言えば、手持ちの運を全て使い切ってしまうことになるだろう。その先にある不運を、わざわざ早めて呼び寄せる必要はない。
 とはいえ、順調な流れのお陰で、ラバルドが個人的に使える時間が増えたことは事実であり、それは嬉しいことだった。そして、その嬉しさを隠すことは、これまでの苦労を思えばなかなか難しい。溜まりに溜まった本を片付けるか、それとも久しぶりにお菓子でも作ろうか──王城を離れるわけにはいかないので、やれることには限りがあるが、それでも、自分のために使える時間を考えることは非常に楽しいことだった。
 浮かれていた、と言われればそれまでである。確かに、常日頃、張っていた気持ちが緩んでいたことは否めない。だが、王城の広い書庫へ入った途端に「ちょうどいいところへ」と拉致同然に両腕を掴まれ、併設されている書簡管理室に押し込まれ、燭台一本の明かりのみで照らされた室内に集った面々を見れば、誰でも己の不運を嘆きこそすれ、自身の不備を恨むことは筋違いである。
 が、その筋違いな了見を平然と押し付け、ラバルドを強制的に円卓の一人に並べるだけの力を、老年の三人は持っていた。

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