番外編 祭の日に



番外編 祭の日に


 木立の間を抜け、馬に揺られながら、アスは前を行くライの背中をじっと見つめた。その視線に気づいたライは微かに振り返り、少しだけ馬の手綱を緩めてアスの隣に並ぶ。
「なんだよ」
「……よく納得したなと思って」
「俺を子供みたいに言うなよ」
「髪を染める時は結構、頑固だったじゃないか」
「あの時はあの時。今は今。あの髪色じゃ、さすがに目を引くだろ」
 そう言ったライの髪は青に染めそこなった緑色から、深い黒へと変わっていた。陽光に透かして見ると、黒に染めるために落としたものの、まだうっすらと残っている前の髪色が微かに顔を覗かせる。
 正体を隠すためには染髪が手っ取り早く、しかし、ライはバーンの反論を押し切って青にこだわっていた。その理由が理由なだけに、アスもライの側についたが、バーンからは事あるごとにライの説得に回ってくれと言われている。色合いは美しいのだが、その色が人の目に強い印象を与えるのだ。アスとて反対はしないものの、バーンの言い分にも頷けるところはあった。
 そのため、今回、ライが黒に染めることを承諾した時は少々、驚いたのである。青にこだわり続けて赴くかと思っていたのだが。
 ライはアスを見ながら言った。
「お前も一緒に行くんだし」
「……まあ、そうだね」
 そう言いながら、アスは外套のフードを深く被り直した。その中では長く伸ばした夕陽色の髪を束ね、外には見えないように隠してある。同様に、外套は左腕の包帯も隠し、傍目にはアスとわからないような恰好となっていた。
 目深に被ったフードの向こうの風景は限られている。おまけに正体が知れぬようにこれだけは注意せよ、とバーンからくどくどと賜った忠告が耳に痛い。
 それでも、アスは嬉しそうに馬上で深呼吸した。
「でも久しぶりだな、この潮の匂い」
 頬を撫でる風も、手綱を握った手の間を通る風も、かつては全身で感じたものである。
 その風には様々な記憶が刻まれており、風が通るごとに記憶の端々が浮かんでは消え、小さな痛みを胸に残していった。
 何もかもを、この風は記憶している。
 ライは前方を見据えて呟いた。
「……本当に久しぶりだな。二年ぶりか」
 二年、という具体的な年月を口にすることで、二人の心が僅かに揺らぐ。
 見たいと思う心と拮抗するように、見たくないと思う心が足を重くさせていた。そこにあるのは穏やかな思い出ばかりではないと、二人は実によく思い知っていた。

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