番外編 風来る



番外編 風来る


 窓で切り取られた風景から外を眺め、イークは大きな溜息を目の前に積まれた紙束にぶつけた。数える気もしない溜息の数だけ、執務室の中の空気は重くなっていき、そうと感じる毎に外へ飛び出したくなる衝動に駆られる。必要な書類に目を通すのもイークの仕事ではあるが、これほど億劫で退屈な仕事もないだろう。玉座とは案外と地味で退屈な色に彩られており、華やかさとは無縁のものであると、王になって数日でわかったことだった。
 外から差し込む陽光は曇り空を通してのためか鈍く、その空も部分によっては黒であったり、明るい灰色であったりと斑模様を呈している。
 イークは椅子から立ち上がった。長い時間座り込んでいた所為で、尻が痛い。体を伸ばしつつ窓へ近寄り、外へ向けて開ける。すると、ほのかに涼しい、湿り気を帯びた風が吹き込んで、机の上にそのままになっていた書類をたちまちの内に部屋中へまき散らしていった。
 書類の哀れな行方には目もくれず、イークは執務室とは違う空気の流れを大きく吸い込む。朝まであれほど晴れていたにも関わらず、これは一雨きそうな様相だった。
 見る者に雷雨への不安を掻き立てる空を頂いたリファムの城下町は、そんな不安など吹き飛ばすような賑わいを見せている。ここからでは人々の声も風に乗って途切れ途切れにしか聞こえないが、動き回る人の流れを見る限りでは、あの騒乱以前の賑わいを取り戻しているようだった。書類での現状報告にもある通り、リファムは確実に復興を遂げている。臣下の者たちの誠実な働きぶりを改めて評価してやらねばな、とイークは口元に笑みを浮かべた。
「……陛下」
 窓からぼんやりと風景を眺めていた時、背後からうんざりとした若い男の声が聞こえてくる。振り返ったイークは息をついた。
「ノックもせずに入るとは、見習いにしては堂々たる入室だな。ラバルド」
 ラバルド、と呼ばれた青年は人の好さそうな顔に、苦々しい表情を浮かべた。
「これほどの風が吹き込んでいれば、何事かと思って飛び込むのは当然です」
「お前ほど剣の腕に不自由はしておらん」
「陛下ほど不遜に出来てはおりません。……ああもう、なんてことを」
 売り言葉に買い言葉で言い返すと、ラバルドはしおしおと部屋中に散った書類を拾い始める。
「陛下のご趣味は、僕の仕事を増やすことなのですか」
 イークはにこりと笑った。
「二か月目にしてようやくわかってくれたか」
「もっとまともな趣味をお勧めいたします」
「そう言うな」
 イークはラバルドを手伝うでもなく、かと言って窓を閉めるでもなく、椅子に腰かけ、机の上で頬杖をついた。

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