第三章 嘘
第三章 嘘
久方ぶりに晴れた日だった。
七日続きの雨で欝としていた人々の気も晴れ、溜まりに溜まった洗濯物が街のあちこちで陽光を跳ね返して美しい。
「キーマス!」
図書館を出たところで声をかけられて振り向く。
「これ、ティオルに渡してくれるかい」
駆け寄ったふくよかな女は、脇に抱えていた平らな箱をアスに渡した。
「何、これ」
持ち上げたりして箱を見回す。女は慌てて箱を胸の位置まで下げさせた。
「馬鹿! あの子の花嫁衣装だよ。大事に扱いな」
「明後日なのに?」
「明後日だからだろう!丈もあわさなきゃ」
自分のことでもないのに嬉々として話す女を横目に、そういうものか、と解釈して興味がなさそうに返事をした。
薄い反応に女は呆れたような声をあげる。
「あんたも浮いた話の一つぐらいないのかね」
「そんな、ティオルと同じこと言わなくても」
女は太い指を眼前に突き出した。
「この際だから言うけどね。いつまでもハルアに剣を教わってるんじゃないよ。十八にもなって」
「わかったわかった。じゃあね」
これ以上小言につきあってられず、アスは女をなだめすかして走り出す。背後に女の怒鳴り声を受けて苦笑した。
──十八にもなって。
周りの娘は確かに生涯の伴侶を見つけようと、己を磨くことに余念がない。
だが、アスはそうする必要性が自分にはないように思えた。そうして幸福を手に入れることも。
親の顔も知らないのに、どうして伴侶など見つけられよう。
誰にも打ち明けていないが、ただ教会で生き、己を育んだその場所を守り抜いていく一生でも良いかもしれない──そう思い、四年前からハルアに剣を指南してもらっていた。
小脇に抱えた箱を抱えなおし、小走り気味に図書館の裏手から伸びる道を進んで行く。両脇を家の高い壁で固められたその道は薄暗く、だからか、一瞬にして開けた視界に目を慣らすのに、わずかに足を止めた。
- 41/862 -
[*前] | [次#]
[しおりを挟む]
[表紙へ]
0.お品書きへ
9.サイトトップへ