第三十章 暁の帝国
第三十章 暁の帝国
明朝、朝靄がまだ辺りを支配する中、小さな人影が空の様子を眺めつつ、馬の用意をしていた。白い靄に邪魔されて空の様子ははっきりとしないが、どうやら晴れとは程遠い空模様のようである。
その人物は小さく息を吐いた後に自分を励まし、用意の出来た馬に跨る。頼む、とでも言うように馬の首筋をさすると、気持ち良さそうに馬が鳴いて応えた。
顔をほころばせて手綱を引き、馬を回頭させる。鼻先が向かうのは、かつて港街があった方角だった。
しばらく、その方角を見ながらアスは左腕を握り締め、やがて意を決したように馬の腹を蹴る。
朝の静寂を切り裂いて、蹄の音がまだ眠る街を駆け抜けていった。
そして、その様子を隠れて見ていた人影が一つ、外へ出る。アスが向かった方角と繋いである馬とを見比べて、わざわざ考える時間は必要ないようだった。
手早く馬の用意を済ませ、さっさと跨ると、感傷に浸るなどの間も置かずにアスの後を追いかけていく。一度切り裂かれた静寂を、再び切り裂く蹄の音は力強く大地を蹴り、余韻を残しながら段々と遠くなっていく。
そんな彼らの姿をずっと見ていたリリクはオッドを抱えなおし、城の外に出た。冬も近い朝は肌寒く、いつものような格好ではさすがに辛い。大振りの外套を拝借してしっかり着込んではいるものの、口から出る息の白さが寒さを強調した。
「……これであんたまで風邪をひいたら、後で怒られそうね」
まあ、と言って、もう一度抱えなおす。
「そんなことはさせないけど」
腕の中のオッドは、昨晩の内に更に若化を進め、いまや言葉を発することすらままならない。歩くなどはもっての外で、こうしてリリクの腕に抱かれて移動するしか方法はなかった。
見た目は幼子そのものだが、うっすらと開かれた瞳に宿る知性は、やはり賢者のそれである。若化と共に短くなった髪が風に揺れ、オッドは途切れ途切れに言葉を発した。
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