第二十八章 帰還
第二十八章 帰還
体の左側に固く冷たい床の感覚を覚え、アスはゆっくりと目を開ける。石床の模様が目に入り、意識が段々と清明になっていくのと同時に後頭部が僅かに痛んだ。
頭を襲う疼痛に顔をしかめて緩慢な動作で体を起こすと、涼やかな声がかけられる。
「おはよう。寝覚めはあまり良くないようだね」
低く、隙のない声にアスは身を固くする。
その声を最後に聞いたのはライと別離した時、雨の中で馬上からかけられたものだった。あれから随分と月日は経ったが、血の匂いと共にしっかりと脳裏に刻み込まれた声はそう簡単に忘れられるものではない。
一気に速度を増す鼓動を抑え、アスは恐る恐ると振り返る。
振り返った先に広がる光景は、かつてライと共に、予言書を見る為に沢山の好奇心と不安に包まれながら、衛兵に追いかけられて滑り込んだ部屋だった。
美しい石による床、石柱、壁を飾る装飾、そして部屋を見渡すかのように高く聳える階段と、その上に鎮座する荘厳な玉座──ここはエルダンテの玉座の間だ。
記憶の中にあるのは人と熱気で一杯だった光景のみだが、今は誰もおらず閑散としている。
しかしただ一人、階段の中ほどに腰掛け、頬杖をつきながらアスを眺める人物がいた。
「……リミオス」
幾度となく耳にした名前だが、本人を前にその名を口にするのは初めてである。
驚愕に体を貫かれて動けないアスを前にしてリミオスは微笑し、階段を下り始めた。
「覚えていてくれて嬉しいよ。本当はもっと早くに会いたかったんだが、色々と手間取ってね。荒業で君を連れ出すしかなかった。頭はまだ痛むかい?」
リミオスに指摘されて忘れかけていた痛みが蘇る。顔をしかめて立ち上がろうとしたが、足に力が入らなかった。
「あまり動かない方がいい。兄さんは用心深いんだ」
こちらに向かって歩を進めるリミオスの言を受け、アスははっとして辺りを見回す。
部屋全体を見るまでもなく、廊下へ続く唯一の扉の前にカラゼクが立っていた。腕組みをして静観する様子からは何を考えているのかわからないが、彼から漂う緊張がアスの足をも縛っていることはわかる。法力で動けないようにしているのだろう。
「カラゼクを見たということは、もう全部聞いているね」
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