第二十三章 麦の穂



第二十三章 麦の穂


 アスとロアーナの一件があってから、二日が過ぎた。

 静かな部屋の中、夜闇の間を縫うようにロアーナの落ち着いた寝息だけが聞こえる。その表情は一時に比べれば穏やかで、食事もしっかり取っているからか血色もいい。ただ、壊れた心を戻すにはまだ時間を要し、今でもライが側にいなければすぐに恐慌状態に陥る。

 意義をなくした軍人というだけではなく、それによって壊れた自分を治すことも出来ず、頼ることも出来ず、ただただ身食いをしていた時にアスを見つけ、そして右手を失った。

 誰の所為でもなく皆の所為であると、全員が感じている。

 もっとちゃんと彼女を見て、その変化に気付いていればこんなことにはならなかった。包帯に巻かれ、未だに治らない右手を見るたびに心が痛む。

 アスに治癒を頼んでみないか、と尋ねたことがあった。後にヴァークたちから彼女の力のことを聞き、それなら治る可能性もあるのではないかと思っての発言だった。

 これに対し、ロアーナの答えは「偽善者のおこぼれなんかいらない」といったものだった。それ以来、一度たりとも治癒の話はしていない。

──偽善者。

 ライは同じ言葉をイークに言われたことを思い出す。

 お前のそれはただの傷の舐めあいだ、と。

 確かに、ロアーナの表情に自分と同じものを見たことは否めない。かつては自分もこうだった。しかし、部外者に知った顔をされるのは許せない。

 そこまで考えて、ライははっとする。

──何も知らないくせに。

 全てを失ったと思ったあの日、自分がハルアに向けて吐いた言葉だ。あれから沢山のことを学び、考え、苦しんだというのに全くもって進歩が見られない自分の甘さに怒りが込み上げ、ライは膝の上に置いた手をきつく握り締めた。

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