第十六章 対話の刻



第十六章 対話の刻


 早朝のまだ太陽も昇りきらぬ頃、昨夜の衝撃を引きずりながら、アスはのろのろと目覚めた。今までになく静かな朝に、聞こえるのが鳥の声だけとなれば、気持ちよく眠れそうなものだが、これまでが慌しいものだったから逆に落ち着かない。習慣、というものだろう。

 どうせしばらくしたら出かけねばならないのだ、と二度寝をする気にはなれず、静かに寝具を畳んで外に出る。

 未だ眠りにつく里の溜め息のような靄が辺りを包んでいた。外に出た途端に頬が張り詰め、夜気ですっかり冷えた岩場や地面から冷気が立ち上ってくる。じっとしているとその冷気に捕われそうで、何となしにアスは歩き始めた。

 白い靄の中で里の家々は影にしか見えず、こんもりと葉をたくわえていたはずの木々もその輪郭が見えない。隠れ里というに相応しい風景だ。ここに至るまでにはイルガリムや里の者が仕掛けた防壁があるらしいが、それがなくともこの環境ならグラミリオンの兵士には堪えるだろう。あの暑い気候の住人からすれば、極寒と言っても過言ではない。

──色々、ありすぎた。

 ここへ至るまで、ここに来てからも色々とあった。整理する時間が欲しいと思っても、周囲はそれを待ってはくれない。その最たる例がライ達の追撃であろう。

 ゆっくりと歩を進めていた足を止め、アスは俯いた。

 グラミリオンで出会った時のライは真実、アスを憎んでいた。そこに迷いはなかったものの、一方で、あの表情がいつか見た自分の顔に酷似していたのが気になる。ライと同行しているらしいエルダンテの兵士に、果たしてそれがわかるだろうか──ハルアがいるのならある程度は大丈夫だろうが。

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