第十章 足跡



第十章 足跡


「……ふむ」

 白いページに触れて、一つ頷く。ある種の人間を見出すその本は、彼の前では沈黙を保ったままだった。

 その人間を見出す瞬間、あれほどまでに神々しく見えるものが、今はそこらに投げ捨ててもわからないような顔をしている。背表紙は所々はがれ、本を綴じる糸が根のように飛び出していた。黄ばんだページの端は歪み、真っ直ぐな線を描いているものなど少ない。

 ただ、本そのものが持つ空気だけが、それが予言書であることを示していた。

 リミオスは小さく息をもらすと予言書を閉じ、窓際の書見台に戻した。陽光の射し込むそこは決して本の保管場所に相応しいとは言えないが、虫干しもかねての場所だ。それにこの本は、もう暗闇に捨て置かれるだけのものではない。

 光の下にあるべき本なのだ。

 かのアルフィニオス神書のように。

 光のもとにさらされた予言書はそのみすぼらしさを、いよいよ確実なものにした。あの美しい姿は見る影もない。わずかに開けた窓から吹き込む風によってほつれた装丁の糸が揺れ、そのたびにほこりが小さく舞う。何とも頼りない姿だが、リミオスはその姿に満足していた。

 す、と手を置いた表紙は暖かい。太陽の恵みのみではない、もう一つ別の力によって予言書は微かに胎動している。

「……やれやれ」

 法力による伝令が、エルダンテの軍の動きを問い質したのは七日前のこと。特に驚きはしなかったが、あの真面目なロアーナの顔を思い出すと少々申し訳ない気持ちになる。リファムへの牽制の意味も込めたものだが、伝令の内容からするとあまり効果はなかったようだ。豪胆な黒髪の王ならば一笑に伏して終わりだろう。

 だが、一応の目的は遂げられた、とリミオスは口許に笑みを浮かべる。

 そして予言書が仮面をかなぐり捨てたように、このみすぼらしい姿になったのは三日前の夜だ。

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