第七章 一歩
第七章 一歩
混濁する意識の奥で、絶え間なく水が落ち続ける。その水が透明なのか、それとも真っ赤なのかはわからない。だが、水音は深いところへ落ちようとするアスの意識をゆるやかに呼び戻す。もう少し寝ていたい、寝ていたいんだ。目が覚めれば夢だったと思えるように、変な夢を見たと笑えるように──
ひた、と頬を冷たいものが打つ。細く目を開けた。しかし、その光景に変化はない。開けたと思ってはいたが、開けられなかったのだろうか。
いや、違う。じわじわと肌を侵食してゆく地面の冷たさは、夢の中のものではない。無遠慮に体を冷やしてゆくそれは目覚めには良かった。だが、段々と感覚を失ってゆく気分は良くはない。起きようと体を動かすが、思うように動かない。手枷で手の自由が奪われていた。後ろに回されていないだけマシだろうか。
末端から順を追って、とばかりに指を動かしてみた。両手両足、ちゃんと動く。次は腕と足。そう段階を踏んでいた矢先、どかどかと静寂を切り裂く足音が響いた。
「陛下がお呼びだ。出ろ」
体を動かす準備をしていた最中の来訪者は、横柄な態度で言い放つ。そうか、とアスはようやく自分が置かれている状況を理解した。
兵士に捕らわれて、今は牢屋といったところだろう。あの球体がフィルミエルに「国軍だ」と言っていた。ならば、ここはリファムのどこかの牢屋か。確かに牢屋に相応しく、むき出しになった石壁からは水が染み出している。暗闇を払拭する明かりは鉄格子向こうの廊下にある松明のみで、アスが寝転ぶ場所までは明かりも遠慮していた。その明かりを背景に立つ男の顔は、やはりアスを捕えた兵士と同じように憤怒に歪められていた。まとう鎧も同じようなものだから、一瞬、同じ人物なのかと錯覚する。
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