番外編 祭の日に
失ったものの大きさは痛いほどわかる。それが元通りになったわけではないにせよ、結果、現在ある姿を安穏として享受出来るほどには、まだ二人は心の整理がついていなかった。二年という歳月は、それを許すほどには長くはなく、再び追われるようになった身には、落ち着いて考える余裕もそれほどなかったのである。
アスは息を飲みこみ、努めて明るい声でライに言った。
「それにしても、バーンがよく許してくれたよね」
二人だけで行動する、ましてや人の多い街中にアスを連れて行くことなど、今までならば理由も聞かずに断固反対していたバーンが、今回ばかりはいくつかの忠告を述べただけで反対はしなかった。
ライは苦笑する。
「あれで気を使う奴だから。それに、そろそろ、俺たちだけで動けるようにならないと」
「ずっと世話になるのもね。バーンはそのつもりはないようだけど」
「無自覚だから凄いんだか、呆れるんだか。……まあ予行練習も兼ねてってところだな」
うん、と頷いたアスは開けた目の前の風景に、顔を引き締めた。
ここからの眺めは二年経っても変わらない。雨にけぶる風景ばかりが思い出された。最後に見たのは全てが終わり、ここから立ち去る時だったろうか。あの時と同じような澄んだ空の下では賑やかな音楽と人の声が満ち溢れ、二人の知らない街並みが新たな港街を造り出している。
記憶を手繰り寄せて眼前の風景に当てはめてみるが、記憶に合致する場所はほとんどない。変わらずにあるのは道筋ぐらいなもので、見知らぬ街を眺めている気分である。
しかし、二人は不思議と街に拒まれているという感覚は抱かなかった。
ただ、何もかもが懐かしい。
「……行こう。久しぶりの祭だ」
ライはそう言い、馬首を街へ下る道へと巡らせた。
アスは頷いて返し、再び賑やかな街並みを眺める。体を縛る緊張を解くように息を吐き、ライの後をついていった。
二年ぶりに訪れた故郷は、どんな姿になっても泣きたいほどに懐かしかった。
馬を預けてくると言ったライを待ちながら、アスは行き交う人の多さに目を奪われた。かつても賑やかな港街ではあったが、これほど多くの人はいなかったように思う。祭だから近隣の街の人間も集まってはいるだろうが、それにしても、あまり見慣れぬ風体の人間も多いのには驚くと同時に、微かな疑問も抱かせた。
「悪い。時間かかった」
宿屋の前で待っていたアスの元へ、ライが駆け寄ってくる。
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