番外編 ちいさな明かり



 もう『神子』じゃないのにね、と笑ったアスの顔が思い出された。そんなものが必要とされない世界を望み、結果的に変革を得たはずなのに、世界はいったいどのような方向へ進もうとしているのだろうか。

 数多ある道を進むのではなく、むしろ後退をしているのではないかという不安があった。

「大丈夫だよ」

 アスだけでなく、ライは自身の不安をも打ち消すように言い、アスの肩を抱き寄せた。

「まだ変わったばかりなんだ。急いで結果を求めるようじゃ、この世界にも申し訳ないだろう。せっかく寝てた子を起こしたようなものなんだからさ」

 最後の方では笑いながら言った。ライにもたれかかるように頭を寄せたアスも、一緒になって笑う。

「俺たちは俺たちで、ゆっくり生きていけばいい」

「……そうだね」

「それと今度、ハルアに会いに行かないか」

 話が落ち着いたところで、ライは別の話題をふった。

「ハルアに?サークも一緒にいるんだっけ」

 アスは体を離して尋ねる。戦乱後、サークは一度、ヴァークの遺体と共にジルの元へ帰ったのだが、後にエルダンテへ赴き、今はハルアと師弟の間柄にあるという。剣を教わっている、と情報を仕入れてきたバーンが面白そうに話したのを覚えていた。

「ああ。あの後、まともに話せなかったからさ。バーンづてに話は知ってるけど、本人たちに一度は会った方がいいだろう。里帰りも兼ねて」

 里帰り、という言葉にアスはくすぐったそうに笑った。失うものの多かった戦乱だったが、得るものもあった。里帰りと言える場所も、その一つである。

「それなら、バーンにしっかり身を隠す方法を教わらないといけないな」

「俺は、のどかに里帰りをしたいからな」

 やらなければいけない事は、まだある。カリーニンの墓にも行くことが出来ていなかった。過去に何が出来なかったと不安がるのは、それらが終わってからでも充分間に合うはずだ。

 並んで夕暮れの時を過ごす、この瞬間が幸せだと感じることが出来る。傍に互いがいる。手にすることの出来たものの重みは、時間と共に自分の中へ染みとおっていった。

 東の空から夜空が手を伸ばし始める。大地に透き通った清涼な風が渡る頃、小さな家には穏やかな明かりが灯った。

 それは、彼らにようやく訪れた幸福の証だった。



終り

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