番外編 おはよう
しかし、ロアーナはその感情の在り処に気付くことはなかった。ライが気付く余裕などはなかったし、ロアーナにもそれが何なのかはわからなかったのだ。そんな彼らを見るたびに、いらいらさせられたことを思い出す。
ライがアスを選んだ時に初めて、ロアーナはライを心から求めた。
あの時の彼女が助けてほしかったのは、ジャックではなかった。
「……オレの方が、ずっと見てたのにな」
だが、その気持ちを一度も口にしなかった責はジャックにある。早くに言っていれば、もっと前からロアーナを守ることが出来ていたのかもしれない。それこそ、彼女の気持ちも聞かずに作り出した推測にすぎないのだが。
まあ、いいよ、と苦笑して立ち上がる。
「じっくり寝てな。お前は軍人なんかには向いてなかったんだから、そのツケが来たと思って休むこった」
軍人には向かない、とは半ば本気の冗談だった。その度にロアーナは口を尖らせて反論したものだ、と思い出す。彼女自身もそれに気付いていたから、ジャックに指摘されたことに我慢ならなかったのだろう。
そういう風にしかロアーナに関われなかったジャックを、ハルアは子供じみていると苦笑していた。どうやらハルアには全て見抜かれていたようである。
おやすみ、といつものように額に手を置いた。あと何回これを繰り返せば、彼女におはようと言える日が来るのだろう。
柔らかく吹く風がジャックの髪を揺らし、それに促されるようにしてドアに向かった。
だから、ジャックは気付けなかった。ベッドに背を向けた瞬間、ロアーナの瞼がほんの少し動いたことにも、その後の変化にも。
翌朝、ジャックは一つの変化に気付く。それは毎朝の日課でロアーナに挨拶をしに行った時、いつも彼を迎えてくれる風が吹いていなかったこと、その代わりに窓が開いていたことだった。
戸口にもたれかかり、ジャックは彼女に向かって、溜め息と共に笑みをこぼした。
「おはよう。よく眠れたか?」
番外編 終
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