第十三章 幾多の夜 一つの朝



 フィルミエルとガットの目にはそれが、少年が取る態度の中で一番腹立たしいものに映っていた。だからといって毎度のことに腹を立てる余裕も時間もない。そもそも、彼らに斟酌する余地など与えられていなかった。

「何だ、自滅するかと思ってた。してくれりゃ良かったのに」

 ガットは右手に黒い炎を絡ませて、手近な枝に向かって吹きかける。まるで花弁のように本体からちぎれた炎は、枝に到着すると一瞬にして飲み込んで、燃えるという動作もないままに炭化した枝を落とした。地面で燻りをあげる枝を踏みつけて、ガットは溜め息をつく。

「で?仲良く三人で行くのか」

「あたしが……」

「魔物をけしかけても駄目だった」

 言いかけたフィルミエルを、ソンが静かに言葉を発して制する。

「あの時、本当に目覚めていたかはわからないが、それでも剣一本で立ち向かった豪胆さは敬服に値するよ。さすがは人間だ」

「愚かしいって言うんだよ、そういうの。第一、魔物の方が『神子』の気配にびびって出て行かなかったもんを、わざわざけしかけてやったようなもんじゃねえか。精霊の森の魔物が聞いて呆れる」

「奴らは所詮、少しばかり知恵のついた獣にすぎない。生命を脅かす相手に対しては無駄な攻撃はしない。それこそ生き残る「知恵」だ」

「だが、獣に勝てるのは獣だけだ。だろう?」

「意志の疎通が早くて助かるよ。そして獣を狩るのは狩人の仕事だ。……天に仇なす獣は早々に狩らねばね」

──獣が、自らの爪と牙の強さを知る前に。

 行こう、と呟いたソンに続き、二人も木陰に紛れるようにしてグラミリオンの街並みを背にする。曙光を頂いた石造りの街は輝きに満ちて、本来ならその光の誉れを受けるべき三人は影にいながら、各々がちらりとそれを見た。まるで直視することが罪であるかのように、その目には決して得られることのない渇望が宿る。

「……世界は暖かくなんかないんだよ、アルフィニオス」

 地面に向かってぽつりと呟いたソンの言葉を果たして本当に聞くべき人物は、この場にはいなかった。



十三章 終

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