――それは四年前の出来事。
その日、とあるトレジャーハンターの手により大西洋の海底に沈没していた豪華客船から一つの棺桶が引き上げられた。
およそ一世紀近くの間海の底に静かに横たわっていた、それ。
頑丈な造りのそれは表面を藻に覆いつくされてはいたが、大した腐食もなく、中身はしっかりと守られていたようだ。
引き上げることにしたトレジャーハンターもきっとめぼしい物が入っているに違いないと思ったのだろう。
引き上げ作業の最中にいくらかこそげた藻の間から覗いた部分には、文字が刻印されていた。
100年振りに空気に触れたその文字は――

  ★

 場所は空条邸。
場所を移してジョエル達の手当てを済ませた。
一段落し、ジョセフとアヴドゥルは難しい表情でジョエルと何やら話し込んでいる。
おそらく“首に傷のある男”について、話を照らし合わせているのだろう。
承太郎は窓際にどっかりと腰を落ち着けて、興味無さげに煙草をふかしていた。

「駄目よ、横になっていないと……!」

焦ったような声がしたので振り返ると、客間の襖が開け放たれて女が二人入ってきた。
一人は承太郎の母であり、またジョセフの娘であるホリィ。
そしてもう一人は、先程承太郎が助けたジョエルの孫娘――鷹城静夜。
よくよく見てみれば彼女は少し前に承太郎が着ていた古着に着替えていた。
なまじ背が高い所為で他にサイズの合う服が無く、ホリィが引っ張り出して来たのだろう。
相変わらず顔色は優れないまま白く、貧血からくる頭痛でも引き起こしているのであろう、眉を少ししかめて立っている。

「静夜!君は急性出血性貧血に足を突っ込んでいるんだぞ!?休んでいなければ……!」
「いや、アヴドゥル君……良いんだ」
「しかし、ジョリィホークさん……!」
「おそらく静夜にも大事な事だ」

彼女を諌めようとしたアヴドゥルを止め、ジョエルはジョセフを見た。
それを受けてジョセフは静夜に目を向け、彼女は頷く。

「横になるのは話の後で間に合う」
「……良いじゃろう、座りなさい。承太郎とホリィも聞きなさい。重大な事だ。とても、な」

 真剣な面持ちで、ジョセフは四年前の事件に遡って話始めた。
すなわち――100年前に沈没した豪華客船から、一つの棺桶がトレジャーハンターの手によって引き上げられた事。
そして棺桶を引き上げたトレジャーハンターとその仲間が全員、何者かに皆殺しにされた事。
発見されたトレジャーハンターの船に残っていたのは皆殺しの惨状と、空の棺桶だけだったという事を。
テーブルに置かれた写真に写っているのはまさにその空の棺桶である。
棺桶には、“DIO”という刻印が刻まれていた。

それからジョセフは自分の祖父、ジョナサン・ジョースターについても少しだけ話始めた。
祖母から聞いた、ジョナサンと“ある男”の戦いの事に始まり、ジョナサンがその“ある男”との死闘の末に果てたのは、まさに件の豪華客船であるという事を。
そしてその“ある男”の名は――ディオ。
棺桶の名前と、同じ。

 話を一通り聞いた承太郎は眉をしかめていた。

「つまり……百年前に死んだそのディオとかいう男が海底から甦っただと? そんな突拍子も無い話をいきなりはいそーですかと信じろと言うのか?」

突拍子も無い。
まさにそうだ。
しかしそれに対してアヴドゥルはフ、と短く笑い、実にもっともな例を挙げて来る。

「……俺や君の“悪霊”も、突拍子もないという点では共通の事実ではないのかな」
「まぁ良い。承太郎のスタンドについても今説明しよう」

言うと、ジョセフは荷物からポロライドカメラを取り出した。

「実はわしにも一年程前に、スタンド能力が何故か突然発現している」

言いながらカメラをテーブルに置いた彼に、承太郎はぴくりと反応する。

「見せよう。わしのスタンドはッ!これじゃあーッ!」

振り上げられたジョセフの右手に、茨のような物が出現する。
彼はそのまま右手を振り下ろし、カメラを叩き壊した。
その際に写真が一枚、吐き出される。

「見たか?手から出た茨を! これがわしのスタンド!能力は遠い地の像をフィルムに写す“念写”! いちいち三万もするカメラをブッ壊さなくちゃあならんがなッ!
これからこのフィルムに浮き出てくる像こそ、承太郎……お前の運命を決定づけるのだッ!
そしてわしの推測が正しければ……Mr.ジョリィホークと静夜の運命もだ」

ジョセフの言葉に承太郎は眉間のしわをいっそう深くさせながら写真を見やるが、そこにはまだ何も写し出されていない。

「承太郎、ホリィ。お前達は自分の首の後ろをよく見たことがあるか?」
「……?」
「わしの首と背中の付け根には星形のような痣がある」

言いながら服の襟をずらしたジョセフの首筋に、確かにそれはあった。
はっとしながら承太郎は首筋に手をあて、その存在を思い出す。
なかなかきれいに星の形をしている為にそれはかなり強い印象を残していたのだ。

「わしの母にも聞いたが、幼い時に死んだわしの父にもあったそうだ。どうやらジョースターの血筋には皆この星形の痣があるらしい。
今まで気にも留めなかったこの痣が、わしらの運命なのじゃ」
「てめーいい加減に……何が写ってるのか見せやがれッ!」

勿体ぶるようになかなか肝心な部分を口にしないジョセフに痺れを切らし、承太郎はジョセフから写真を奪い取った。
そこに写っていたのは、薄暗い場所にいる金髪の男の後ろ姿だった。

「DIO!わしの念写にはいつもコイツだけが写る。そして奴の首の後ろにあるのは!
このくそったれ野郎の首から下はわしの祖父ジョナサン・ジョースターの肉体を乗っ取ったものなのじゃあーーッ!」

告げられた事実に、承太郎は目を剥いた。
聞いただけでも酷く胸くそ悪い。
改めて写真に目を落とすと、男の首筋には確かに星形の痣があり、そしてその首には一直線に走る傷痕があった。
さもそれは首をすげ替えたと言わんばかりであり、そして――
――“首に傷のある男”。
ジョエルと静夜を襲ったという男がそう称されていたのを思い出し、承太郎はその写真を静夜に投げた。
難なくそれを二本の指で挟んで止めた彼女は、写真の男を一瞥すると眉間にしわを寄せ頷いた。
どうやらこの男で間違いないらしい。

「エリナおばあさんから聞いた話からの推測でしかないが、兎に角DIOは祖父の肉体を奪って生き延びた。
そしてこれだけは言える!奴はいまこの世界中の何処かに潜み策しているッ!奴が甦って四年、わしの“念写”も、お前の“悪霊”もここ一年以内に発現している事実……おそらくDIOが原因!
そして……Mr.ジョリィホークはもう随分前かららしいが、静夜にも数ヶ月程前からスタンド能力が発現しているそうじゃ。Mr.ジョリィホークには先程手当てをした時に見せて貰ったが……彼の首筋にも、どういう訳が星形の痣があった」
「ハッ……! そ そう言えばッ、静夜ちゃんにもあったわ!」
「何……ッ?」

その事実に承太郎が彼女を見やれば、静夜はクイと首を捻り、シャツの襟を少し引っ張って首筋を見せた。
そこにあるのは確かに、星形の痣。
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