「やれやれ」

 霧が晴れて開けた視界に映る景色を見て、承太郎は軽く嘆息していた。
荒れ廃れたホテルの廃屋から一歩踏み出してみれば、前方に広がっているのは閑散とした乾いた大地と、密集して建ち並ぶ墓標の数々。
墓標の周辺の土にはごく最近掘り返されたと見える痕跡があった。
砂をはらんで吹き荒ぶ風はそこらに無造作に転がっている風化しかけの白骨を容赦なく崩して行き、まだ白骨化していない屍の近くにはシデムシやトカゲなどが僅かな日影と食料を求めて蠢いている。
――そう、此処は荒野の墓場だったのだ。

「この旅行はおどろきの連続なので、こんどは街全体がスタンドだったのかという感じですが……」
「スタンドの霧で墓場を街やホテルに仕立てあげていたと言う訳か。……このバアさん、とんでもない執念のスタンドパワーの持ち主だな」

圧倒的な力とスピードを誇る闘士達、炎を操る強力な占い師、地の裏側の事ですら念写する茨、瞬間移動するヘルハウンド、影を四肢のごとく自在に操る首無しライダー、帯状に身体を解れさせる事の出来るアメコミヒーロー、傷を癒す大量の薔薇の花弁、重力と回転の力を操る聖騎士、炎すら切り裂く甲冑の騎士、
舌を抜くクワガタ虫、ボートで貨物船を作りあげたオランウータン、恨みを動力源に動く人形、肉を喰ってパワーアップするスライム、降り頻る雨粒を弾丸に変える半不老不死者、光に乗って鏡から鏡へ移動する両右手のシリアルキラー、軌道を自在に曲げる追尾式銃弾、肉体にとりつく生きた人面疽、貧相な車で“戦車”を作りあげたアンバランス男、
見渡す限りの海原を一瞬で凍り付けにする氷結人間、人畜無害でいて能天気な嵐を起こす本物の不死者、あらゆるものの“流れ”を操る人間離れした白きアサシン、全てを圧倒する未知数の力を持つ黒き覇王――…
今までに出会い、あるいは戦ったスタンド使い達(一部例外)の事を思い返してみれば、このエンヤ婆操るジャスティスの幻とはいえ街ひとつを作り出す程のパワーには驚いたが、理解の範疇を超えている、という事も無い。

「それよりどうするんだ? 今は意識を失ってるが、このままここへ置いて行くのはオレらにとっても危険だぜ。また復讐しに来かねねー」
「スタンドの方は【グレイプニル】で封印しておいたから今となってはただの執念深い老婆だが……ここまでの執念深さを考えれば、それこそ世界中の悪人をかき集めて来そうだな」
「それだよそれ、おれの心配は! このババア、脚力だってジョイナー以上だったぜ!」

セルティの“影”によってふん縛られたエンヤ婆に視線を落としたジャイロとクロムの言葉に、ポルナレフが不安を溢した。
何よりこの老婆ならその執念で本当にやり遂げかねないという、もはや確信にも近い予感がする。

「うむ……ジョエルとも相談したが、このバアさんなら一緒に連れていく」
「つっ…連れて行くのかァ〜!?」

ジョセフの一言にポルナレフからなんとも情けない声があがるが、この場に放置しておく訳にもいかないとなると、それしか無いだろう。
加えて――

「このバアさんには吐いてもらわなきゃならんことが山とあるからな。例えば、これから襲ってくるスタンド使いは何人いて、どんな能力なのか」
「エジプトのどこにDIOのやつは隠れているのか。DIOのスタンドの能力は。どんな正体なのか」
『それを聞きだせれば、私達は圧倒的に有利になれるという訳だな……』

そう、彼女は貴重な情報源なのだ。
みすみすこれを逃す手も無い。

「そう簡単に口をわるとは思いませんが」
「息子が死んだせいで、DIOに絶対的な忠誠とか誓ってそうよね」
「なに、しゃべらずとも…わしのハーミットパープルでテレビにこのバアさんの考えを映し出せばいい」

この旅の中でハーミットパープルも成長して“念写”の幅は確実に広がり、今やジョセフは人の頭の中すらも媒介すらあれば写し出せるようになっていた。
そして媒介にするなら映像と音声の両立したテレビなどが最も理想的だ。

――しかし、そうと決まればと息巻いた、その時。
突如として響いたエンジン音に顔を上げてみれば、ホル・ホースがジープに乗り込んでいて。
あ、と声をあげると彼は一度此方を振り向いてニヤリと笑い、次の瞬間にはアクセルを踏んでいた。

「おれはやっぱりDIOの方につくぜッ!! また会おうぜ!おたくら死んでなけりゃあな!」
「てめ――ッ 戻ってこいジープをかえせこの野郎ッ!」

ポルナレフが咄嗟に駆け出すが人の足が車に勝てる筈もなく、ジープはすぐに距離を離して行ってしまう。
エンヤ婆はすぐに殺した方が良い、さもないと彼女を通じてDIOの恐ろしさを改めて思い知る事になる――そんな意味深な言葉を置き土産にして、ホル・ホースはまんまとジープを盗んで行ったのだった。

『……どうする?大型車は“影”で作れない事もないが…』
「やめておけ。バイクやスポーツカー程度ならまだしも、それじゃあセルティにかなりの負担がかかるだろう。――足にするならこいつを使え」

セルティの提案を却下したクロムはアークセラフを出現させると、その影で大きな黒馬を数頭造り出した。
艶やかな黒い毛並みもその仕草も全てがさながら本物の、利口そうな青馬達だ。
二頭は馬車に繋がれ、残りのものは鞍をつけていた。

「世話の要らない駿馬だ。……用が済んだら馬にそう言ってやれば良い。勝手に消える」
「あんたは来ないのか?」
「ああ、私はホル・ホースのやつを尾行してみようと思う。上手くいけばDIOの居場所も分かるかもしれん」

そう言ってホル・ホースが走りさった方向に目を向けたクロムにつられそちらを見たが、既にジープは見えない。
しかし彼には全く焦りは見られず、むしろそんな事は些細な事で意に介するような問題でもないと言った様子だ。
聞けばあのジープには発信器が内蔵してあって、とりあえずジープを捨てられない限り居場所は分かるらしい。
まあ、考えられる最寄りの乗り捨て場所はさしずめ空港辺りだろうと予想出来る。
その故に焦っていないようだ。

「カラチには誰か手の空いた者を呼んでおく。着いたら合流すると良い」
「わかった。……世話をかけるな」
「このくらいお安い御用だ。
それより一応気をつけろ。DIOが捕虜を放っておくというのも少々考え難い。ホル・ホースの言う事もあながち的外れではない」

それぞれの準備を整え、エンヤ婆は馬車の後ろの席に寝かせ、馬あるいは馬車に乗り込むと、クロムとそんなやり取りを済ませて一行はカラチへ向かって馬を走らせた。
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