男は、一人夜のローマに立っていた。

場所はコロッセオの真実の口の前。
――何故こんな所に居るのか?
そんな疑問を抱きながら“彼”が真実の口を見つめていると、夜の静寂の中、車のエンジン音が聞こえてきた。
どんどんそれは近付いてきて、“彼”のすぐ後ろで停まる。
“彼”が振り返ってみると、車から四人の男が降りてきた。

一人目はドイツ軍服の男。
二人目はバンダナをつけたブロンドの男。
三人目は顔に傷のある老齢の男。
四人目は極めて長身のブルネットの男。

“彼”が引き続き見ていると、軍服の男は真実の口に手をかけた。
そしておもむろに横へ滑らせて回す。
現れたのは地下遺跡へ続く階段である。
異臭と不気味な妖気の漂うその地下へと、四人の男達は降りて行った。

《お…おかしい。ここにいるはずの我が軍の見張り番がいないッ!?》

“彼”が降りて行ってみると、軍服の男が焦燥しながら辺りを見回している。
地下遺跡内に人の影は見当たらず、ブーツやヘルメットや銃が無造作に置き去りにされていた。

《静かすぎるぜっ! 軍隊が警備してるんだろ!?どこにいるんだ!どこにもいねえじゃんよォ!》
《おまえがうるせーんだ》

騒ぐブルネットにブロンドが冷ややかに切り返す中、ブルネットが何かを踏んだ。
どうやら嫌な感触だったようで、ブルネットは慌てて足を退ける。

《でェ〜〜〜 おいッ今おれなんかふんづけたぞ、スッゲー気モチワリイー――の! なんだこれはー?》
《ああああああ!》
《こ…これは!?》

ソレを見て、男達は驚愕するしかなかった。
落ちていたのは、ぺしゃんこになった人間。
正確には、警備にあたっていた小隊の――

《人間の皮だァ!》
《ぜ………全滅しているぞォ! ま…まさかッ!?》
《おいドイツ野郎! そっちへ行くんじゃあねえ!なにか潜んでいるぞ!》

異常事態に戦慄が駆け抜ける。
頭の中で警鐘が鳴り響くのを感じ、ブルネットは状況を把握しようと駆けだした軍服の男に叫んだ。
しかし、時は既に遅く。

《うわあああっ!》

古代の戦士のような装いの三人の男が、遺跡の奥の闇から現れた。
そして三人の男とすれ違った瞬間。
軍服の男は、抗えぬ死に捕らわれて――……


「――オイ、そろそろインドだ。起きて仕度をしろ」
「ん…うう〜ん……?」

他者の声に起こされる、という形で、男の夢は覚めた。

 所はハマーの中。
現在地はバングラデシュ……インドの国境近くである。
ジョースターら一行は双子の襲撃の後、アイザックとミリアとは別れ、呼びつけたICPO捜査官と何故か別件で駆けつけてきていたFBI捜査官(セルティ曰わく清々しいまでにツンギレ)の協力を得て早々に一度列車を乗り換えた。
更に公共の乗り物はやはり避けた方が賢明であると考え、途中からはまたクルーザーや車を手配して乗り継ぎながら移動して此処に至る。
そして現在はアガットが何処かからチャーターして来た大型のハマー(車体の側面には九匹の蛇をあしらった髑髏のエンブレムが一つ描かれていた)で移動している。
因みにこれまでの船も車も、全てアガットの操縦だ。
本人曰わく、軍人時代にひとしきり覚えた、らしい。

「んあ〜〜、よく寝たぜ……」
「さっさと準備しろ。アガット君とこの車とはカルカッタでお別れだぞ」

眠っていたメンバーを起こして支度を済ませる内にハマーはいよいよ国境を越え、インドに入った。
更にしばらく走ればインドの首都 カルカッタ。

「しかしアヴドゥル……いよいよインドを横断するわけじゃが、その……ちょいと心配なんじゃ……
いや……“敵スタンド使い”のことはもちろんだが、わしは実はインドという国は初めてなんだ」

いよいよハマーを降りてインドの土を踏むという段階の直前になって、ジョセフは既に何度もインドへ来たことがあるというアヴドゥルに心配事を打ち明けた。
ジョセフ曰わく、インドという国は乞食とか泥棒ばかりいて、カレーばかりたべていて、熱病かなんかにすぐにでもかかりそうなイメージがある、という。
ついでにポルナレフもジョセフに賛同しており、カルチャーギャップで体調をくずさないか心配だと漏らしていた。
それに対し、アヴドゥルは穏やかに笑って否定する。

「フフフ それは歪んだ情報です。心配ないです。みんな……素朴な国民のいい国です……わたしが保証しますよ……」

人気の少ない、富裕層の住宅が建つ一角に、ハマーは停車した。
下手に人の多い所まで行ってしまうと混雑で出られなくなるためだ。

『ありがとう。助かった』
「何かあったら連絡しろ。どうにか根回しくらいはしてやる」

Good Luck、と言い残してアガットが走り去り、一行は街の方へと足先を向けた。

  ★

 ――カルカッタ。
人口千百万人、浮浪者の数二百万超。
十九世紀のイギリス人は、この街を「宇宙で最悪の所」と呼んだという。

外国人と見るや寄ってくる、人、人、人。
おそらく浮浪者であろう人々らの口々から発せられるバクシーシ。
商売という形で近寄って来る者、チップが目的の者、路上にも関わらず平然と眠る者。

「うえぇ〜〜〜! 牛のウンコをふんずけちまったチクショー」
「僕はもう財布をすられてしまった」
「きゃッ…ちょっと!引っ張んないでよ!」

雑踏、喧騒、渋滞、さらには牛。
インドの洗礼。

「こりゃかなわん……!」

雑踏にたまらなくなったジョセフがタクシーを見つけるが早いか、幾人かがチップをはずんで貰おうとタクシーのドアに飛びついていく。
しかしそのタクシーも牛が車の前で昼寝を始めた為しばらく出発できないと断られる結果になった。

「ア アヴドゥル、これがインドか?」
「ね。良い国でしょう。これだから・・・・・いいんですよ、これが・・・!」
「冗談キツいぜ!セルティ、アガットのヤツからロアナプラの運び屋を雇うのに使ったバーツの余りを貰っただろ?! バラまいて蹴散らそーぜ!」
『……ルピーのほうが良さそうな気がするが』
「いーんだよ!とりあえず金だと判りゃあ群がってくるぜ!」

ジャイロの言う通りセルティがバーツの入った財布を出せば人々の目は一斉に財布に釘付けになる。
彼女がとりあえず硬貨を宙に舞い上げ、人々が我先にそれを拾おうと躍起になっているその隙に、一同はその場から退散した。
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