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 逃げ込むように入ったレストラン。
承太郎と静夜は既にインドが気に入った様子だった。
トイレに立ったポルナレフは先程から何やら軽く絶叫したり騒がしくしている。

「要は慣れですよ。慣れればこの国の懐の深さがわかります」
「……悪いけどあたしは慣れたくないわ。ていうか無理。チャーイは甘くて美味しいけどね」

にこやかなアヴドゥルに対しそう返した直兎は、心なしか顔色も少し悪く、食欲もあまりわかぬ様子だった。
しかし彼女の場合はカルチャーショックというよりは、そこらで羽音を響かせている羽虫や時々カサカサと足音をたてて部屋の隅を横切る虫の存在のせいである。
彼女の手元に虫除けやら殺虫スプレーなどがあれば、今頃そこらに振り撒いている事だろう。

「直兎は本当に虫が嫌いなんだね」
「ええ、子供の頃モルグで半分くらいウジに――」
「オイオイ、みなまで言うなよ」

彼女の言わんとしている事を察してしまい、ジャイロが直兎の台詞を遮った、その時。
ポルナレフが居るトイレの方からガラスの割れるけたたましい音が響いてきた。


 ポルナレフを襲ったのはJ・ガイル。
ポルナレフの妹・シェリーの仇であるという話のスタンド使いだ。
すっかり頭に血が上ったらしく、ポルナレフはアヴドゥルの制止も聞かず、一人カルカッタの街に消えてしまう。

「それにしても……どうします?」

ポルナレフの消えて行った方向に目を向け、花京院が皆に振り返る。

「放っときなさいよ。どう考えたって罠だって解った上でホイホイ単独行動してるんだから」
『そういう訳にもいかないだろう』
「うむ……」

ジョセフは少しだけ思案する。
そしてアヴドゥルに向き直った。

「アヴドゥル、ポルナレフに気付かれぬよう後をつけてくれ。やはり心配じゃ」
「わかりました」
「ジョースターさん、僕も行きます。アヴドゥルさんも一人にならないほうが良い」
『私も行こう。いざという時には逃げる足が要る』

名乗りを上げた花京院とセルティがアヴドゥルと共に人波に消え、残った一同は彼らとは別にJ・ガイルを探すべくカルカッタの探索を開始した。

  ★

 セルティの“影”で具現化させた車でアヴドゥル達がポルナレフを尾行するうちに、時刻は夕刻になっていた。
「! アヴドゥルさん、セルティ」
「ああ。どうやら何かしら見付けたようだな」

あちこち聞き込みをして回っていたポルナレフはどうやらJ・ガイルらしき人物の手がかりとなる浮浪者をようやく発見したらしい。
見ていて些か判りやすいリアクションをとっている。
セルティがポルナレフに渡したままの携帯を遠隔操作して会話を拾ってみれば、やはり浮浪者は両手とも右手の男を見たらしい。
浮浪者がポルナレフに答えるように指差した先には、テンガロンハットの男が一人。

「、アヴドゥルさん!」

それを確認するが早いか、アヴドゥルは後部座席から車外に飛び出していく。
花京院も慌ててそれを追って車を降り、セルティも車を形成する“影”を解除して続いた。
そうこうしているうちにポルナレフは【皇帝エンペラー】というスタンドの使い手、ホル・ホースと言葉でやりとりしていた。

《――さっきからなにがいいてえんだ》
《おれのスタンドは拳銃ハジキだ。拳銃に剣では勝てねえ》
《なに?おハジキだあ〜〜?》

繋げっぱなしの携帯のスピーカーを通さなくとも耳に届く二人の笑い声が響き、次の瞬間、空気は一転する。

《てめ――っ ブッ殺すっ!
甘くみたなポルナレフ!やはりてめーの負けだッ!》

ホル・ホースの手の中にスタンドの拳銃が出現し、おそらく彼の自慢であろう早撃ちが炸裂した。
それに対しポルナレフは即座にシルバーチャリオッツを出し、同時に甲冑を脱ぎ捨て弾丸目掛けてレイピアを振るう。
シルバーチャリオッツの剣は完全に弾丸を捉えた、かのように見えた。
が、弾丸はその軌道を変え、レイピアを器用に避けてポルナレフに迫る。
そう、ポルナレフはそれがスタンドであることを完全に考慮に入れていなかったのだ。

「――ポルナレフ!」

顔に焦燥感を滲ませながら弾丸を見つめるしかないポルナレフに弾丸が吸い込まれんとしているその時、間一髪のところでアヴドゥルが飛び出した。
寸前のところで標的を失い、流石のスタンドの弾丸もポルナレフを追いきれずに頭上を通過していく。

「ア…アヴドゥル」
「心配して来てみりゃいったことじゃあない!うぬぼれが強すぎるぞポルナレフ!
相手はおまえを知り尽くしているんだぞ!おまえはひとりで生きてきたと言ったが、これからはおまえひとりでは勝てんぞ!」
「し 心配だと?この野郎〜〜まだ説教にやって来たのかッ!」

アヴドゥルの言葉は最もであったがポルナレフは反射のように反発の言葉を返す。
しかしアヴドゥルは弧を描きながら戻って来た弾丸を前に、ポルナレフを突き飛ばして身構えた。

「どけッ!ポルナレフ!弾丸が戻って来た!
焼き付くしてやるっ!【魔法使いの赤マジシャンズ・レッド】!」
「――あッ…」
『……ッ!?』

アヴドゥルがマジシャンズ・レッドを出したのと、アヴドゥルに追い付かんとしていた花京院とセルティが“それ”を目撃したのは、ほぼ同時だった。

――路上の水溜まりに写った虚像の世界に、実像の世界には存在しないモノが写っている。
それ、すなわちJ・ガイルのスタンドが、手首から生やした刃を虚像のアヴドゥルの背中へ押し込むと、アヴドゥルの背中は独りでに裂け、ちょうど短剣で刺されたかのような深い裂傷が出来上がった。

「水たまりに……!」

驚愕に目を剥きぐらつきながらも思わず振り返るアヴドゥルに、容赦無く無慈悲な弾丸は吸い寄せられて。
ポルナレフの視界に、花京院の視界に、セルティの視界に、赤黒い雫が舞い散った。

「なにィ!?」
「ほう〜〜。こいつぁついてるぜ!おれの“銃”とJ・ガイルの“鏡”はアヴドゥルの“炎”が苦手でよぉ、一番の強敵はアヴドゥルと思ってたから……ラッキー!
この“軍人将棋”はもうこわいコマはねえぜッ!」
「アヴドゥルさんッ!」
『アヴドゥル!!』

コマ送りのようにやけにゆっくりと地面に落下したその肢体は、そのままぴくりとも動かない。
花京院とセルティが駆け寄って呼びかけたが、それも虚しく。
それを横目で見ていたポルナレフは地面に唾を吐いて舌打ちし、背を向ける。

「説教好きだからこーなるんだぜ。なんてザマだ」
「な…なんだと?ポルナレフ」
「だれが助けてくれとたのんだ。おせっかい好きのシャシャリ出のくせにウスノロだからやられるんだ。こういうヤツが足手まといになるからオレはひとりでやるのがいいといったんだぜ」
『お前ッ……アヴドゥルに助けて貰っておきながら、なんて言い草だ!』

叱責の言葉をその背に投げかけながら、二人は雨でもないのに水滴が落ちるのを視界に捉えた。

「迷惑なんだよ……」

肩をほんの僅かに震わせながら振り返ったポルナレフの頬は、既に溢れた雫で濡れていて。

「自分の周りで死なれるのはスゲー迷惑だぜッ!このオレはッ!」

彼の涙腺は軽く堰を崩され、ぱたり、ぱたりと涙液を溢れさせていた。
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