▲ prev
思考が全くついてゆけない程の、あまりにも突然の出来事。
赤い花火が二つ飛び散り、食堂車が一時の静寂に包まれる。
そんな静寂の中、“キャソックに包まれた身体”が二つ、重力に従ってゆっくりと傾き、ゴトリと音を発てて床に吸い付いた。
白いテーブルクロスに飛び散った赤黒い其れがじわりじわりと染み込んでシミとなって広がり始めるまでの、やけに長く感じられた一時の後、時は怒涛の勢いを取り戻した。

「うおぉぉぉぉっ!?」
「何ィィィィィィ!?」

飛び散った血や諸々と、目の前に横たわる一部分が明らかに欠損したその肢体に、花火の正体がキャソックのカップルの頭部であった事実が突きつけられる。
俺達が驚愕する中、他の乗客と乗務員達からは男も女も老いも若きも問わない恐怖の絶叫と混乱の入り混じった喧騒が巻き起こった。
そしてこの状況下において、狂嬉に歪んだ三日月が一行の目と鼻の先に二つ――。

「く、ふふ、ふふふ……ッ!」
「あははははははは!!」

喧騒の中、狂気に満ち溢れた笑い声がいやに食堂車に響いた。
ケタケタと笑う二つの小柄な影――黒服の双子。
そしてそいつらの手の中にあるのは、まるで氷のように透き通ったショットガンだった。

「助かる方法なんて必要ないよ……。だって、」
「皆、みぃんな一人残らず、レイルトレーサーに食べられちゃうんですもの!」
「そう、僕らの【蜂の巣ビーネンシュトック】の餌食なのさ」
「ス スタンド使い!!?」
「――どけッ!」

双子の手の中にあったショットガンがグニャリと形を変えてトンプソンへと変貌するのを皆が目の当たりにした次の瞬間、いち早く動いていたアガットがテーブルを双子めがけて蹴り飛ばした。
そのテーブルは双子にぶつかる前に幾重もの銃声という轟音と共に穴にまみれて瞬く間に粉砕されたが、アガットは尽かさず無数のナイフを手に取って投擲する。
その際にジョエルと静夜はとっさにテーブルをひっくり返してバリケードを張り、俺達全員をバリケードの此方側に引っ張り込んだ。
双子のトンプソンの破壊力の前には焼石に水にすぎないだろうが、それでも無いよりはまだましというものだ。
スコ、と小さな音をたて、投擲されたナイフは双子その小さな脳天に染み込んだ。
しかし。

「ひどいなぁ、お兄さん。――でもね」

何一つ変わらぬ狂気に満ち溢れた笑顔が、そこにあった。
痛みを感じていないのか、微塵も表情を変えないまま双子は刺さったナイフを引き抜くとそれらを床にばらまいて、再び何事も無かったようにトンプソンを構える。

「私達は今まで、いっぱい、いっぱい殺してきたのよ。兄様も私も、たくさん、沢山」
「沢山、たくさん命を奪ってきたんだ。だから僕達はそれだけ生きる事ができるのさ。命を増やせるんだ。
だから死なない。死なないんだ。ネバー・ダイなんだ、姉様も僕もね」
「Holy shit!イカれとるわい……!」

とち狂った独自の宗教を持ち出す双子を前にしながら、じじいが吐き捨てるように呟いた。
後から聞いた話だが、この時じじいは違う意味でも悪寒が込み上げてくるのを感じ取っていたらしい。
脳天に深々とナイフが突き刺さるという、ただの人間ならばとっくに痛みに悶絶するか死んでいてもおかしくは無さそうな痛手を負いながら、目の前の双子はむしろ平然と笑っている。
じじいはその光景に見覚えがあった。
吸血鬼、または、柱の男とかいう――人間を止めた存在や、人間をはるかに超越した存在。
双子はまさに50年も前にじじいが友人を失いながら死闘を繰り広げた相手を彷彿させたという。
じじいには弧を描く二人の口元から覗く犬歯が、牙にさえ見えるような気がしただろう。
……しかし双子は白昼堂々と光に肌を晒しながら、平然としている。
すなわちガキ共らは石仮面にまつわる怪物という訳ではないらしい。
だが、それでも双子がある程度の不死性を備えているのは目に見えて明らかだった。
更に、双子持つスタンド。
その手の中でその氷で出来ているかのように透明な得物の形が変わったところを見ると、恐らくはそれがガキ共のスタンドなのだろう。
ある程度の不死性を持つだけでも厄介だというのに、双子の手の中にある得物は更に厄介だった。
そんなガキの姿をした、波紋が効くかも怪しい、ひょっとしたら不死かもしれない化け物を前に、テーブルナイフを指の間に挟み込むように手にして身構えていたアガットは、不意にナイフを置いて静かに自らのスタンド【暗殺の雀アサシンパッセル】を出現させる。
しかしすぐには攻撃せず、低い声で静かに問うた。
ただ、一つだけ。

「……問う。貴様ら、“ヘンゼル”と“グレーテル”か?」
「?」

ヘンゼルとグレーテル――直兎によればドイツ語で、男の子と女の子。
突然その名を口にしたアガットに、俺達は思わず童話にある口減らしで森に捨てられた兄妹の話を連想していた。
だがこの状況下で童話の話をしているわけでは無いと言うことは明らかだ。

「へえ。お兄さん、僕達の事知ってるの?」

対する双子はニィ、と如何にも楽しげな笑みを湛え、アガットに向けてトンプソンの引き金を引く。
凄まじい撃音が響き渡って、無数の弾の雨がアガットに吸い寄せられた。
しかしアガットは少しも体勢を崩さず、アサシンパッセルをその前に滑り込ませる。
通常、スタンドが受けたダメージはそのまま本体にもフィードバックするが、アサシンパッセルに関しては少し勝手が違っていた。
被弾したアサシンパッセルはそのまま銃創の箇所から雀程の大きさの無数の白い鳥を吐き出し、分裂してダメージを無効化してみせた。
そしてアサシンパッセルから分裂した鳥はそのまま弾丸のように双子に迫り、正確にその頭の上半分を撃ち抜いて弾き飛ばす。

「ああ、知っている。まったく反吐の出る話だが――
ルーマニアの施設で生まれ、闇に売り飛ばされ、殺戮の曲芸犬として変態共に仕込まれてオツムがぶっ壊れ、
制御も利かなくなってロシアンマフィアホテル・モスクワに手を出した挙げ句に軍人崩れの女狐に処刑された、60年も昔の哀れで滑稽な双子のシリアルキラー
の話ならな」
「「!?」」

60年前。
処刑。
その数字と単語に俺達は思わず目を剥いた。
目の前のガキ共は、60年も前から既に存在していたというのか。
本当に不死だというのか。
息を呑みながら双子を見やって、俺達は更に驚愕した。
双子の周囲にはいつの間にか、ひらり、ひらり、と気味の悪い模様の羽を持つ蝶が舞い踊っていて、飛び散った血痕はそのままに、まき散らされた脳漿も骨片も肉片も蟲のように蠢きながら、瞬く間に一ヶ所に集結していくのを目にしちまったからだ。
そして全く陳腐にも思える再生の仕方で――まるで逆回しした映像を見ているかのように、双子の頭部は瞬く間に修復されていった。

「……その様子だと、普通に殺しても死なないのは本当のようだな」
「ふふ、言ったでしょう?私達は永遠に死なないネバー・ダイ……殺す事でずっと回り続ける円環にいるんですもの」

あっという間に元に戻ってクスクスと嗤う二つの三日月に、吐き気さえ催される気がした。
しかしアガットという男は冷静沈着で、動じた様子も無く静かに二人を見据えている。
それどころか、壮絶なまでに戦慄を駆っても良いほど冷たい言葉を口にした。

「不死身か、面白い。いったい何回殺せば生き返り方を忘れるんだろうな?」
「! ……フフッ、それは僕達も興味深いな」
「けれど、お兄さんに出来るかしら?」

心底とち狂っている双子はその目を狂喜に輝かせて、おもむろにトンプソンで手近な窓を撃ち抜いた。
列車の外ではいつの間にか雨が降っていたようで、割られた窓からは風と共に大量の雨も食堂車に吹き込んでくる。
そして、その入り込んで来る水――数多の水滴が、まるで無重力空間に浮かべられているかのように双子の周囲を漂い始め、その一部が生き物のように双子の手元に集結したかと思うと、瞬く間に透明な別のサブマシンガン……BARとWz63が形作られた。
尽かさず、合計四挺のマシンガンによる双子の奇妙な二挺拳銃の銃口が、出始めとして再びアガットに向けられた。

「そうそう、お兄さんのその火傷顔フライフェイス……僕達を最初に殺したあのロシア女バラライカにそっくりだよ」
「それにお兄さんからは兵隊さんのにおいがするわ。その所為かしら……こんなにもお兄さんの事を殺したいのは!」
「――セルティ!」

引き金が絞られるその一瞬、怒号にも近い声量でセルティの名を呼ぶと、アガットはバリケードを飛び越え駆け出した。
セルティは弾かれるように“影”を大きく広げてバリケードを綿密に覆い、ただ一つの指示を皆に投げかける。

『伏せろ!』

多重の撃音が轟く中、アガットはテーブルや壁の装飾や天井を蹴り、壁を走っていた。
四挺ものマシンガンによる銃弾の豪雨、それも自分に向けての集中砲火を難なく避けるという、全く人間離れした芸当をやってのけやがった。
着弾点は野郎を追ってすぐさま俺達から逸れた為、俺はそれを目撃する事が出来た。
いとも容易くアガットと双子との距離はつまり、アガットは高く跳躍したまま、己の脚とアサシンパッセルの脚でまず双子のマシンガンを握る手元を踏んだ。
それから流れるような動きで、その小さな顔を逆の脚で蹴り飛ばした。
銃声が止んだ所為で首の骨の折れる鈍い音がいやに大きく響いてはっきり聞こえた。
しかし、双子は直ぐに回復して起き上がっり、新たな銃を構築し始めている。
……だが脳漿を撒き散らしほぼ原型を留めぬ程に頭部を破壊してもなお死なずに再生したのだ、首が折れた程度ではまず死ぬまいという事は容易に予測出来た。
そのままアガットの追撃は止まず、アサシンパッセルの手首付近から白銀の刃が飛び出して出始めに片割れの心臓を貫きつつ、胴体を鋭く切り裂き切断する。
もう一人の方も首を裂く事によって動きを止めた。
間近で斬りつけた事で、当然アガットは返り血を浴びる。
野郎ならばそれを一滴も逃さず避ける事も出来ただろうが、敢えて野郎はそれをせず、白いスーツを赤黒く染め上げる。
顔に降りかかる血も敢えて避けずに全て受け止め――野郎は、アガットは赤い怪人と化した。

「――“線路の影をなぞる者レイルトレーサー”は御伽噺だ。だが、レイルトレーサーは確かに存在する」

斬り裂いた双子が再生するまでの少しの間、アガットは静かに低く、言葉を紡ぐ。

「そいつは元々は“葡萄酒ヴィーノ”という渾名をつけられた怪物でな。名はフェリックス・ウォーケン。伝説の殺し屋と謳われる男だ。
……1931年のその日ある大事件に居合わせた奴は、御伽噺の怪物としてテロリスト共と殺人狂共を“喰らい”殺した。そんな伝説の殺し屋が扮したレイルトレーサーが最初に贄にしたのは、誰だと思う?」

双子の再生が完了した。
尽かさず構築されたばかりのベレッタが弾丸を弾き出す。
アガットは先程と同じようにアサシンパッセルで防ぎ、同時に分裂して攻撃形態を取った。

「貴様らのようにトンプソンで楽曲を奏でていた、不死を切望するいかれた黒服のテロリスト共だ」
▼ next
■ mokuji bkm
×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -