カグツチの路地裏を2人と1体が駆け抜ける。

「これから何処へ向かうんですか?」

そう問うと、前を走るラグナは「適当なトコ!」と何とも当てにならない返答を返してきた。

「じゃあどうやって逃げ切るんですか。仮にも図書館ですよ?」
「そこら辺は、頭脳明晰な咎追いサンに任せます、と」

ヒラヒラと手を振るラグナを見て、絶対自分が図書館に突き出してやる、そう心に誓った。

「…とりあえず、少しでも入り組んだ下層へと進みましょう。下る程、図書館は深追いしてこなくなる筈ですから」
「分かった。んじゃカグツチ下層へ向けて…」

行くか!と意気揚々とした声が響くかと思えば、それは追跡者によって呆気なく遮られてしまった。

「ジン…!」
「甘いな。この程度で逃げられると思うなんて、図書館も舐められたな」

路地裏の通路を塞ぐ様にジンと衛士数名が並んでいた。この数を相手にしては分が悪い、そう判断してラグナの腕を掴みさらに細い脇道へと入る。

「オイ!?ちょ、大丈夫なのかよ?」
「保証は出来ません。相手は先輩なんでね」
「先輩って…お前ジンの知り合いなのか?」

少し喋り過ぎた、後悔しても既に遅かった。

「…学生の時の、先輩です。ただ、それだけの事ですよ」

ラグナはそうか、と言ったきり口を開かなくなった。横目で顔を見ると、何か考え込んでいる様子だった。
そうやって走っているうちに狭い路地も終わりを迎え、2人を嫌でも緊張させた。

「完全にこの行動が読まれていたら、ここを出た瞬間攻撃を受けるのは明確です。覚悟して下さいね」
「誰に言ってんだガキ。コッチはいつどこで襲われるか分からねぇ毎日過ごしてんだよ」
「そう言えば、僕も貴方を襲ったの不意打ちでしたよね」
「アレは最初から2対1って分かってたら負けてねぇ!」
「そうですか?……そろそろ出ますよ!」

開けた広場へと抜け出たが予想していた攻撃は無かった。読み勝った…そう安堵した。

「だから…貴様は甘いんだ」

足下から襲ってくる氷の柱をバックステップでかわすと、トンと背に何かが当たる。それと同時に独特の冷気を感じた。確認せずとも、それが誰なのかは容易に見当がついた。

「…流石ですね、先輩」

背後にはユキアネサを構えたジンが居た。今動けば確実に斬られる…。状況の打開策を考えるが全ての課程でジンが障害となる。

「オイ!ガキ!」
「貴方は逃げて下さい!図書館なんかに捕まらず、逃げ続けて下さい!」

そう叫ぶと、苦々しい顔でラグナは再び駆け出した。ラグナが図書館から逃げ延びてさえくれれば、蒼の魔導書はいつでも手に入る…。
しかし逃げたラグナをジンを含む皆が追う意志を見せない。

「不思議か?」
「何がですか?」
「誰も『ラグナ=ザ=ブラッドエッジ』を追わない事を」
「えぇ。みすみす見逃す様な事を図書館がするとは思えませんから」

そこまで言ってふと気付く。

「狙いは…僕を潰す事ですか?」
「物分かりの良い子供は嫌いじゃないな」
「っ…!」

ジンから離れ距離を取ると、周りは完全に包囲されていた。

「姉さんっ!」
「貴様の人形はコレか?」

ジンの示す先には氷柱に閉じ込められたニルヴァーナの姿があった。

「姉さん!!」
「これでも貴様は戦えるか?」

ジンがゆっくりとユキアネサを引き抜き、氷柱に突きつける。

「やめろ…やめろっ!姉さんを、姉さんを傷付けるのだけは…ッ!」

慌ててニルヴァーナへ近付こうとする行動を皮切りに、周りを包囲していた衛士達が一斉に動き始める。頭が真っ白になった。何も考えられない。ただがむしゃらに、襲いかかる人間を蹴散らしていった。
そして、気付けば立っているのは自分とジンだけだった。

「今までその力、くすぶらせていたのが勿体無い程だな」
「どういう…事ですか…?」
「言葉の通りだ。こんなものに惑わされさえしなければ、貴様も優秀な部下になったかもしれない」

こんなもの、とは多分ニルヴァーナ…姉さんの事だろう。

「もし、僕が衛士になったとしても…先輩の部下だけはご遠慮します」
「そうか…」

いつもの笑みを作れば、ジンも作り物の笑みを返す。そして、一歩下がり、氷柱に向かいユキアネサを構え叫ぶ。

「なら、これで終わりにしてやる!凍牙氷刃」
「やめろおぉぉぉぉぉっ!」

ただがむしゃらに走った。姉さんを守りたい一心で。


そこで、僕の意識は薄れていった。
ただ、背に感じる火傷しそうな痛みだけが、まだ僕が生きていると証明している様だった。






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