「全く、図書館の方は相変わらず乱暴ですね」
暗闇に向かいそう言い放つと、ヒヤリとした冷気を纏った青年が姿を現す。
「卑しい賞金稼ぎにそんな事を言われたくないな」
不愉快だ、と青年の端整な顔に皺が寄る。
「さて、手を引いてもらおうか?咎追い」
「久し振りに会ったのに再会を懐かしんだりしないんですか…キサラギ先輩?」
「フン、傀儡に操られた弱者に用は無い」
そう言い放ち、ジンはユキアネサを抜刀する。目の前を横切る剣筋、掠めた前髪が凍り付きパキッと儚い音を立てて砕けた。その場の気温が一気に冷却され、ぞわり、と鳥肌が立つ。
「2度目は無い。手を引け、咎追い」
冷めた声で、そう吐き捨てられる。しかしここで引き下がっては今までの苦労が水の泡になってしまう。先程の死神…ラグナの言葉を思い出し、それを実行に移す。
「丁重にお断り致します」
スッと姿勢を低くし、相手の背後へと回り込む。自然と相手は自分を目で追うが、そこに人形の一撃が加わる。
「コン・フォーコ!!」
高らかに張り上げた声に応える様にニルヴァーナが起動し、右腕をドリルの様に突き出し突進する。
「チィッ!」
「姉さんを傀儡呼ばわりした事、後悔させてあげますよ」
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交戦する2人を確認しながらラグナは路地裏を駆け抜ける。正攻法で挑んでもジンに隙は無い、なら2人という有利な条件を最大限に生かす必要があった。その為にカルルに囮となってもらい挟み撃ちをする、という至極簡単な、かつ単純な戦法だ。
「上手く誘導してくれよな、ガキ!」
そう呟き、ラグナは目的の場所へと向かった。
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「っう…!」
ジンの蹴りが綺麗に入りその場に倒れ込む。流石、師団長の座に見合った実力を持っていると今更関係の無い事を思った。
「手間をかけさせるな。これで、終わりだ」
静かに抜刀の構えをしながら近寄るジン。いくら逃げても自分の足じゃ攻撃の範囲外に逃げるのも困難に思えた。なら方法は一つ。近寄るジンとの距離を計る。
(あと5m…4、3、2…)
「せめて、苦しまない様に首を切り落としてやろうか?」
「それは…ご遠慮します!」
スッと右腕を伸ばしジンの足下へとカラクリを仕掛け、すくい上げる。
「カンタービレ!」
「チィッ!まだ足掻くか…!」
「すみません。これくらい食い下がる根性が無いと咎追いはやっていけませんから」
ジンは体勢を立て直し切りかかるが、待機させているニルヴァーナを踏み台にし、かわす。
「ちょこまかと…!」
「先輩、焦りは失敗を生み出す一番の原因って教わりましたよね?」
士官学校時代の教訓を口にすれば、ジンは鼻で笑う。
「無駄口を叩くな、とも教わらなかったか?」
「失礼な!これは話術ですよ、先輩…アレグレット!」
素早く繰り出される突きをユキアネサで受け流し、ジンは反撃に転じる。
「氷翔撃ッ」
「無駄ですよ!」
「それは、どうかな?」
ニヤリと笑うジン。何か仕掛けてくるのかと警戒しつつバックステップで距離を取る。その時、ふと違和感を感じた。いつもならこの場合、ニルヴァーナを盾に牽制をする筈なのに…。
「…!?姉さん!」
「今更気付いたか?貴様の人形は足止めさせてもらった」
これで終わりだ。そう言いジンはユキアネサを一度鞘に納め、構えを取る。ニルヴァーナの居ない今、己の無防備さと無力さを嘆きたくなるが、そんな場合では無い。今の状況を何とか立て直さなければ…。
「氷連双」
「ヘルズファング!」
「何ッ!?」
一撃を加えようとしたユキアネサを背後から近付いたラグナが叩き落とす。
「全く、遅いですよ。死神サン」
「悪ィ。タイミングが無かったんだよ」
「ま、良いですけど。結果的に逃げれそうなので」
軽くハイタッチをして2人は路地裏を駆け出した。