びちゃり、と音を立てて地面に赤黒い水溜まりを作る。腕や足、脇腹…体の至る所を切り裂かれ、流れ出る血が止まらない。
目の前に佇む武装した少女は、先程の戦いで感じた殺気が既に無く沈黙したまま動かない。少女がぽつりと何かを呟いたかと思えば、僕の視界は真っ白に染まった。
「…っ!?」
「よぉ…よく来たな、ガキ」
慌てて目を閉じたのと同時に声が聞こえた。低く、落ち着いた声だった。しかしその声は、落ち着いているにしてはあまりにも冷たく鋭利で、ぞわりと鳥肌がたつ。
「貴方が死神…ラグナ=ザ=ブラッドエッジですか…?」
目の前に佇む銀髪の男を見てそう尋ねる。カチカチと歯が音を立てそうになるのを必死に抑えながら言葉を紡ぐ。喉がカラカラで上手く声になっているのかも、分からない。目の前に佇む男は質問に何も答えず、ただニヤリ、と口を歪めただけだった。
「否定をしない、という事は貴方がラグナ…ですね?」
「そうだ、と答えたい所だが…お前が追ってた『ラグナ』は居ない」
「関係無いですね、僕はラグナ=ザ=ブラッドエッジの賞金なんて興味ありません。僕が求めるのは蒼の魔導書…それだけです」
スッと構えを取ると、男も腰を落とし大剣を構える。
「魔導書に目を付けるなんて、ガキにしちゃ良い目利きだな」
「お褒め頂き、有難う御座います」
社交辞令の様に笑顔を作り頭を下げると、カツンと相手が足を踏み出す音が響いた。
「だが、それも此処で終わりだ」
駆け出した男…ラグナは大剣と思わせない速度で振りかぶり、地面へと叩きつけた。
力の差は歴然だった。手負いの上、姉さんも満足に動かせない。数分も経たない内に僕は地面に縫いつけられてしまった。
「ま、ガキにしちゃ粘った方か…」
ガツン、と頭の横に大剣を突き立てられる。ラグナは嬉しそうに(いや、正しくは狂ったように)僕の頭を鷲掴みして笑った。
「他人に命握られてどういう気分だ?少し力を加えてやれば、お前の首を切り落とせるんだぜ?」
グツと頭を動かされる。首筋にツプリと軽く刃を立てられ、体が強張る。自分ではそう思っていなくても、人間の体の防衛本能なのだろうか…これ以上動けば致命的な傷を負うと体の方が理解し自然と動かなくなってしまう。
「怖いか?」
「いいえ。死ぬのは怖くありません」
そうだ。死ぬ事に恐怖なんて無い。姉さんがあの姿になった日から、僕の心は既に死んでいるのだから。
そう話している間も塞がらない傷から止まる事をしない鮮血がじくじくと流れ出て、意識が霞んでくる。
戦っている間にヒビの入った眼鏡越しにぼんやりと相手を見る。割れた視界で見えたのは僕の手を持ち上げるラグナ。
「そうは言うけど、震えてるぜ?手」
カリっと指先を噛まれる。
慌てて手を引こうにも首筋から刃は離れておらず、相手のなすがままになってしまう。
手袋をスルリと抜き取られ、再び僕の指に歯を立てる。チクリとした痛みの後にねっとりと舌が絡みついてくる。その何とも言えない感覚に眉を顰めると、それを見てラグナはククッと喉で笑う。
「気が変わった。…その澄ました仮面、剥ぎ取ってやるよ」
【光のその先】
待っていたのは最悪のシナリオだった