分隊長以上とベテランの兵士数人を交えて開かれる定例の報告会。
大して広くもない会議室のドアを開いて足を踏み入れた時から、リヴァイはほんの僅かな、だが気のせいとは言えない違和感を確かに覚えていた。メンバーも部屋もいつもと同じ、すぐに始まった報告会の内容も特に問題はなし。
見当たらない原因に苛立ちが募り本日第一回目の舌打ちをしたところで、これまたいつもと同じ時間に終了。ぞろぞろと皆が席を立つ中、隣に座っていたミケに拭えない違和感の正体を尋ねる。

「なぁ、ミケ。この気持ち悪さはなんだ?」

「…やはり思ったか?なんだろうな、わからん」

感じ取っていたのは俺だけじゃなかったらしいが、ミケも不思議そうに鼻を鳴らしている。匂いでもない、か。じゃあなんだ?気持ちわりぃな。しかしわからないのならば仕方ないと席を立つと、ミケの向かいにいたナナバが徐に口を開いた。

「そう言えば今日のハルカさん、いつになく笑顔だったね」

「あ?そうだったか?」

「…どうだろう」

「兵長とミケの位置からは横一列で見えにくかったかな。機嫌が良いというよりは、外で見せる類の笑顔だったように思えたけど…」

気のせいかな?と言うナナバの言葉にそうかもなとおざなりに返して部屋を出る。だが扉が閉じた瞬間、早速本日二度目の舌打ちをかました。
気のせいなわけあるか、間違いなくそれが原因だ、と。





「確かにこれなら死なせてしまうこともない」

「巨人から人間に戻る方法も把握しておくべきだろうが、そんなに上手くはいかないだろう」

「実験はハンジに任せようと思うが、どうかなハルカ」

「その辺はあいつの専売特許だ、エルヴィンの手を煩わせる間でもない」

リヴァイ、何かあるか?
そうエルヴィンに振られ、書類に目を落としたままスラスラとエレンの実験について話を進める二人に首を振る。

「問題ない、俺も同じことを考えていた。旧本部の先に涸れ井戸がある。その中でやりゃあ巨人化しても身動きとれないはずだ」

「よし、決まりだ。ハルカもリヴァイと共に実験に参加してくれ。リヴァイ、出発は?」

「15分後」

「馬鹿にしてんのか、早すぎるだろ。30分後な」

俺の頭をわしゃわしゃと撫でてから、準備があると言ってハルカは先に出て行った。幸か不幸か取り残された俺は乱れた髪を直しつつ、未だ報告書から目を離さないエルヴィンの前に立つ。

「団長さんよ、まさかとは思うが喧嘩でもしたのか」

「まさか、至って通常通りだ」

「おや?今回は“誰と?”とは聞かないんだな。思い当たる奴でもいたか?」

「……喧嘩ではない」

「目を合わせる回数が少なすぎる。寝不足ですって顔に書いてあるハルカを心配する言葉がない。何よりあいつがお前を、

『エルヴィン』と呼んでいた」

ようやく顔を上げたエルヴィンは目敏いな、と苦笑している。何が目敏いだ。よくもまあそんな白々しい言葉が吐けるもんだと、感心する。あれを目の前で見せられれば馬鹿でもない限り気付くだろ、クソが。
俺の心の声を悟ったのか、困ったような顔で昨日あったことを話し始めた。自分が言ったこと、ハルカの反応、その後逃げるように立ち去られたこと。

「初めて誘いを断られてしまったよ」

「それは聞き捨てならねぇムカつくセリフだが…。さすがに公に心臓をってのは言い過ぎじゃないか?いや言い過ぎだ、間違いなく」

「そう気付いたから訂正したのだが…」

いやいや、聞く限り訂正出来てないと思うぞ。どうせ淡々と命令でもするような口調で言ったんだろう。部下の前で説教を垂れるほど、感情的になっていたくせに。
エルヴィンの言葉が最も効くという他にも、その口のうまさを見込んで丸投げしたわけだが、どうやら俺はこの男を過大評価していたようだ。感情論を根底にした団長命令なんていう面倒なことをされるくらいなら、俺の感情まかせの言葉をぶつけた方がマシだったかもしれない。

「お前…意外と不器用なんだな」

「…意外と、とは心外だな。私は器用とは程遠い人間だ」

「そうかよ。そうだろうな」

まあ、悪くない。人間らしいところもあるってことだ。そう言って出発の為に部屋を出た。背中に投げられた「よろしく頼む」という言葉が実験とハルカのどちらを指していたのかという疑問には目を瞑る。

面倒事の板挟みになった。その面倒事のせいでエルヴィンが冷静さを欠くほどの感情を彼に向けていると知ってしまった。
本日三度目の舌打ちはすれ違う兵士達をビビらせながら、主に後者に送られた。




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