「おいエルヴィン。一刻も早くあれをどうにかしろ」

「…リヴァイ、“あれ”では何のことかわからない」

「いくらお前が忙しいとはいえこんだけ噂になりゃ知ってんだろ」

「だから、何のことだ」

「チッ。…ハルカだ。あのクソ野郎、ガキで遊びすぎだ。目に余る」


ゴロツキ時代を彷彿とさせる目つきの悪さで吐き捨てるリヴァイが、あまりに予想通りで苦笑が漏れる。どうもこの人類最強と評される兵士長殿は件の人物が関わると普段の冷静さを欠き感情的になりやすい。今のリヴァイを形作った者、謂わば育ての親への執着心といったところか。

「勤務時間外のことだろう?仕事に支障がないのなら、然程気にする必要もないと思うが」

「支障?ありまくりだ。オルオの奴が『俺もあんな風に撫でられたい』とか世迷言を吐いた後、馬から落ちた。兵士の安全に気を配るのも団長の仕事だろ」

(いや、それは少し違うような…)

確かにあの歓迎会以降、ハルカが新兵の一人にやたら絡んでいるという話は耳にしている。加えて言うなら、なんとかしてくれと言われたのも初めてじゃない。
一人目はミケ。「リヴァイが不機嫌すぎて兵士が怯えてしまい訓練どころじゃない」と。
どちらかというと二次災害の被害の方が甚大らしいのだが、当本人は己の苛立ちで手一杯で顔を青くする周囲に気付いていない。
さすがに私的感情のみで動く訳にもいかず、兵士の安全の為という若干無理のある大義名分をやっと手に入れてここに来たんだと、その顔を見ればすぐにわかった。
我慢も限界だと言わんばかりのリヴァイに、少し悪戯心が湧き上がる。

「なぜ私に言うのかな?リヴァイが止めればいいんじゃないか?」

動かしていた手を止め真っ直ぐ目を見ながらそう言うと、露骨に嫌な顔をしたリヴァイは苦々しく悔しそうに、少しの哀愁を滲ませて口を開く。

「…お前の言葉が一番効くんだよ。わかってる癖にほんと嫌な奴だな、エルヴィン」

「ははは、そう言ってくれるな。私なりの戯れだよ、リヴァイ」

渋々告げられた言葉と人類最強の機嫌が急降下していく様子に笑いが溢れる。
悪戯が過ぎてしまったらしい。これは怒られるかな、となんとか笑いを収めると意外にも彼は無表情な顔に戻っていた。


「なあ、エルヴィン」


珍しく躊躇うように一度視線を下げ、再び私を強く睨みつけると酷く静かな声を落とす。どことなく部屋に緊張が走った。

「お前がハルカをどう思っているのかは知らねぇが、遊びなら他を当たれ」

「…と、言うと?」

「曖昧な接し方でいつまでもあいつを縛るな。レートを吊り上げるのは勝手だが、お前はそれだけのもんを支払う気はあるのか?」

声も表情も普段より穏やかなのに、その内容はこれまでにない核心を突いたものだった。リヴァイを見つめたまま無言を貫くと、彼はその目に僅かな激情を浮かばせる。
だが、それもすぐに消し去り窓の外に視線を逸らして独り言のように小さく呟いた。


「…その気もねぇのに期待させるなんざ、クソにも程がある」

「それは、誰のことを言っているんだい?」


私の言葉に視線を戻しキッと睨みつけるとクルリと背を向けて乱暴に部屋を出て行ってしまった。あぁ、やはり怒らせてしまった。いや、恐らく私が悪いのだが出来れば扉は静かに占めて欲しい。巨人相手にはあれ程腕が立つのに、格闘なしの対人において彼はとても不器用だ。それでいて繊細。
リヴァイに限ったことではないのだが。

ふ、とリヴァイが見た背後の窓に目をやると案の定、その先にはグラウンドを走るハルカの姿があった。
さっき言われた言葉が脳内に響き渡る。

「レートを吊り上げる、か。中々に的を射ているな」

相応のものを支払うなど恐らく無理だろう。それほどにまで長い時間を、リヴァイの言う“曖昧な接し方”で過ごしている。

だが、リヴァイは勘違いをしているようだ。

ハルカは私に相応の支払いを求めてなどいない。
彼は、エルヴィン・スミス一個人なんていうちっぽけな存在が欲しいという思いを、たったそれだけの慎ましすぎることを長年、健気に胸に抱いている。そしてそれを知りながら、私は人類の未来に捧げた心臓を彼に明け渡すタイミングをずっと計りかねているのだ。

「遊び?その気がない?その方が楽で良かった」

誰に言われずとも新兵に構うハルカを諌めるつもりだった。あんな甘い顔をする彼を見逃すほど私は心が広くない。どの口が言うかと自分でも思うが、彼が気に入った者に構う度、内心穏やかではないのだ。

いつの間にか日が落ちた窓の外にはすでに走る姿もなく、時計を見るとすでに夕食の時間だった。丁度いい。己の狭い心と兵士長殿の気を収めてこよう。
広げていた書類を机の隅にまとめてから、食堂に向かうべく団長室の扉を静かに開いた。




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