新兵歓迎会の翌日。
慣れない酒を飲んだことで常より少し遅く起床したライナーは、人も疎らな食堂で固いパンを黙々と咀嚼していた。いつもは寝汚い同期達を叩き起こし共に騒がしく朝食を囲むのだが、今日は有難い午前休ということもありぐっすりと寝ている彼らを放置した静かな朝だ。
賑やかな食事も嫌いではない。ただ、酒のせいで重たい頭に昨夜の光景が浮かんでは消えを繰り返している今は、この静けさに感謝していた。

(あれは一体なんだったんだ…)

アルミンに連れられた直後は緊張でガチガチだったが、調査兵団の幹部達と酒を飲めたことは貴重な経験だったと思う。ハンジ分隊長は確かに変わった人で嬉々として語ってくれた巨人の話は、特に“俺ら”にとって願ってもないものだったし、新兵にわざわざ酌をしてくれたハルカ補佐官は会話を弾ませつつ、どこか底知れなさが垣間見えるやはり噂通りの人だった。酒も料理も最高で、俺もみんなもそれなりに楽しんでいた。

だが、そうやって何度目か繰り返した記憶をなぞる思考は、結局同じところで止まってしまう。もしかしたら、夢だったのかもしれない。驚きとその後の恐怖がとてもリアルな夢。

咀嚼したパンを飲み込み、ふと顔をあげると同郷の友人がトレーを手にこちらに向かってきていた。
ナイスタイミングだ。確かめるしかあるまい。

「おはよう、ライナー」

「おう、おはようベルトルト」

まだ眠そうに目を擦りながらスープに口をつける友人に、さっそく問いかける。


「なあ、お前さ昨日の宴でハルカ補佐官に頬を撫でられながら可愛い可愛いって言われたよな?」

「ぶっ!!!」


夢じゃなかったらしい。
俺が出しきれなかった答えは、当事者であるベルトルトがスープを吹くことで教えてくれた。

「そんでその後、巨人も逃げ出すレベルの殺気を放つリヴァイ兵長に睨まれてたよな?」

「ゴホッ……そ、そうだね…すごく怖かったね」

「ああ。俺らまで殺されるかと思った」

あの恐怖も現実だった。いや、あんな恐怖を夢で感じるわけないのだから当たり前か。
しかし現実だとわかったところで納得できるかと言えば、否だ。いくらハルカ補佐官が食えない人物だとしても「連れて帰りたい」と言った相手が、目の前にいるこいつだなんて。

「お前のどこが可愛いのか、俺にはわからん」

「僕にもわからないよ!あれかな、女の子と間違えちゃったのかな」

「んなわけあるか。身長と体重聞かれてただろうが」

どこに190以上80kgの女がいるんだ。いても可愛いわけないだろ。
ぐ、痛いとこ突かれた!みたいな顔をしてみせるベルトルトはどう見てもデカイ男でしかない。まだアルミンとか、コニー…はないな。まあアルミンなら100歩譲って理解出来るのだが。さすがは変人の巣窟と言われる調査兵団で参謀を務める人。彼もまた変人だということなのだろう。ベルトルトを見つめるあの目は完全に愛玩動物を見るもので、かつ本気だった。
俺の頭の中がようやく落ち着きを見せたところで、その愛玩動物に選ばれた男は実に平和ボケと言える発言をしてみせる。

「で、でも…帰るときにリヴァイ兵長が『あいつは酔っていた。全て忘れろ』って言ってたし…。きっと酔っ払って誰かと間違ったんじゃないかな?立体起動が唯一の取り柄であるジャンをすごく褒めてたし、きっと酔ってたんだよ…」

「……お前、それは少しジャンに失礼じゃないか?」

リヴァイ兵長のそれは完全に嫉妬だろ!馬鹿か!気付いてないのはお前くらいだ!という言葉を飲み込み呆れながらジャンの弁護をした俺の顔がムカついたのか、ベルトルトはムスっとしている。

「なにその顔!じゃあライナーはハルカ補佐官になんて言われたの?」

そうだった、ベルトルトは昔から無意識に俺の傷を抉るのが上手かった。
何度も辿った記憶を呼び起こすまでもなく瞬時に浮かんだ言葉を、幼馴染という関係に免じて教えてやる。


「金髪ゴリラ」

「…え?」

「『あだ名をつけるなら、金髪ゴリラだな』って言われた」


静かな食堂にベルトルトの謝罪が響いた。
少しだけ泣きそうだ。




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