104期訓練兵の卒業がようやく見え始めてきたある日、
対人格闘の授業に励むエレン達は視界に入った人物に目を見開いた。


「お、おいアルミン!あれって…」

「…調査兵団だ」


教官と談笑しながらグラウンドの端を歩く3人のジャケットには、人類の希望、自由の翼があった。

駐屯兵団や憲兵団ならたまに姿を見ることはあったが、壁外調査が主な仕事である調査兵団が訓練場に訪れることは、まず無い。

ただ、困惑したのは珍しいということだけが理由ではなく、その3人が一訓練兵であってもすぐに容姿と名前が一致する程の有名人だということだった。


「エルヴィン団長にリヴァイ兵士長、ハルカ補佐官までいるぞ…何かあったのか?」

「いや、緊迫した空気ではなさそうだから大丈夫だとは思うけど…。それにしても改めて見ると物凄いメンバーだね」

「あぁ、さっきから皆ざわついてるな」

「!?なんだ、ライナーかよ」


アルミンと話していたエレンの後ろにいつの間にかライナーが立っていた。
どうやら珍しい訪問者に気づいていたのは自分たちだけではなかったらしい。
あれだけ目立つ3人なら当たり前か。色んなところからヒソヒソと話す声が聞こえてくる。


「しかしハルカ補佐官ていうのは相変わらずの美丈夫だな。女子が色めき立つのも頷ける」


ライナーの言う通り、聞こえてくる声の中にはハルカ補佐官への黄色い声が交じっていた。
長身に少し細身の体躯、青みがかるほどの黒髪にグリーンの瞳を携えた表情は穏やかで確かに文句のつけ所がない、が。


「見た目が良くても巨人相手には関係ないだろ。俺はリヴァイ兵士長の方が何倍もかっこいいと思うけどな」

「ははは、エレンは兵長に憧れているからね。でも実力がなければ団長補佐なんて地位には就けないよ。調査兵団の参謀らしいし、すごい人だよ」

「そ、それはそうだけど…」

「まあなんていうか、ミステリアスって言葉がしっくりくる人だよな。あの若さでどうやって上り詰めたんだか」


ムスッとしたエレンに苦笑したアルミンとライナーは、自由の翼を担う3人をチラチラと伺いつつ再び訓練に取り掛かった。








たまたま近くに用事があり、滅多に顔を合わせることがない訓練所の教官に
挨拶でもしに行こうと言ったエルヴィンに連れられて訪れたのはいいが、そろそろ我慢の限界だった。


「チッ、視線がうるさくて仕方ねぇ。おいハルカ、てめぇのせいだ。少し離れて歩け」

「とんだ言いがかりだ」


リヴァイは涼しい顔をして隣を歩く男を睨みつける。
遠慮がちに、でも痛いほど突き刺さる視線と小さく聞こえてくる声は自分への畏怖と羨望によるものが多い。
だが、その数と同等かそれ以上の割合がこの男、ハルカ・リシャールに向けられている。


「女共を黙らせてから言うんだな。それとも俺がここで目も当てられないような顔に変えてやろうか」

「リヴァイ、お前も少し黙れ」


返された言葉にグッと息を飲む。
穏やかに微笑む表情に反した諌めるような冷たい声は何度聞いても慣れない。
どうやら今日は機嫌が悪いらしい。
存外気分屋な調査兵団の参謀は、視線を前に向けたまま長い脚でエルヴィンと教官の後ろを無言でついてく。
うるさい外野に再び舌打ちをすると「まあ確かに、」とハルカが口を開いた。


「まあ確かに、鬱陶しいな。これだからガキは嫌なんだ」


(不機嫌の理由はそれか)

サラッと悪態をついてみせた男の顔を見上げると、まるで子猫を眺めているような慈愛に満ちた顔をしていた。
なんともチグハグな表現をする男に、リヴァイはたまらずため息を吐き出す。
いや、今に始まったことじゃない。
昔からコイツはこういう奴だ。いちいち気にしていたら身が持たない。


「お前に惹かれた奴がその性格を知ったら、間違いなく幻滅するだろうな、ハルカよ」


対人格闘の授業らしい訓練兵を眺めてそう言えば、「ふっ」と鼻で笑われた。


「その言葉そっくりそのままお前に返すよ、リヴァイ」


……満面の笑みで言い返された。
背後では『キャー』と女の黄色い声があがっている。訓練中だろ、集中しろよガキ共。
それに気付かないふりをして「ん?」と首を傾げてくるハルカは、やはりとんでもなく性格が悪い。
ムカつく、俺に対してこんなふざけた真似をするのは唯一このクソ野郎だけだ。
原因が自分にあることを知りながら、煩わしさに顔を顰める俺を見て楽しんでやがる。
ムカつく、自分の容姿さえ武器にする正真正銘のクソ野郎だ。


ただ、それでも、


「ハルカ、リヴァイ?どうかしたか?」

「いや、なんでもない。気にしないでくれ、エル」


エルヴィンと話すときだけは声も言葉も表情も驚くほど綺麗になるから。
二人の近くで恐らく最も多くそれを見ているだろう俺は、どうしてもこのクソ野郎を憎めないのだ。


どちらが素なのかわかったもんじゃない。
頭が良い奴の考えていることなんて俺にはわからない。


「チッ、クソが」


いつも通り。今に始まったことじゃない。

コイツの言動がチグハグなのも読めない思考回路も、俺がたまらず舌打ちするのも眉間に皺を寄せるのも、



ギュッと体の奥が締め付けられるように痛むのも。


全部いつものことだった。





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