「優しくしたい」は彼の鳴き声。
「優しくされたい」と泣けない彼の。
「愛してほしい」と言えない彼の。
いつだって彼は、理性と本能の間で揺れ苦しんでいる。



「雨、止まねえなぁ」

打ちつける水音と暴風に木々が揺れる音。火をもみ消し、口中に残った最後の煙を吐きだす。かつて慰めに造った装飾窓、それに手を当てればガタガタとガラスが騒いでいるのが皮膚越しに伝わった。外れて飛んで行かないのが奇跡のようだ、一人ごちて水滴走る外の世界を見つめる。日々穏やかな風の吹くこの山にしては珍しく、今日は朝から嵐が木々を蹂躙していて、一歩も巣から出られていない。白百合を模した吊りランプが小さく揺れる。巣も少し揺れているらしい。

「食料の備蓄があって良かった。お前を空腹にするのは、例え一日であっても御免こうむりたい」
「別にいいのに」

竜人は、感情によって色を変える鱗を黄金に輝かせながら呟いた。ナイフを作業箱に仕舞い、天蓋付きの巨大なベッドに身を投げる。食前だというのに細かい塵が巣に舞ったが、竜人はそれを咎めもせず、猫足のテーブルの前に胡坐をかいた。

「怪我はしていないか?」
「今更そんなヘマはしねえわな」
「今日は何を作っていた?」
「木材の余りで、フォークとスプーン。明日は粘土を取りに行って皿でも焼きたいんだが、この分じゃ無理かね」
「俺が取りに行けばいいことだが、要らないだろう」
「確かに要らない。けどほら、かわいいだろ?」
「ああ。お前が作るものはいつも小さくて可愛らしい。どこかに飾ろうか。考えるだけで心が躍る」
「売ってきてもいいんだぞ」
「駄目だ、全部俺のものだ」

楽しそうに尻尾で床を叩きながら、彼は赤い実の最も固い外皮を剥ぐ。現れた実からは、よく焼けた肉のような香ばしい薫りがしていて、俺は鳴りそうになる腹をおさえながらベッドから身を乗り出した。

「食事にしよう」
「ん」

竜人が主食とする果実は固すぎて人間の歯では砕けない、よって人間の俺は雛鳥のように彼が噛み砕いたものを口移しで貰う。顔の高さが違うから、膝立ちになって彼の胸に縋るような格好で口を開く。頭の後ろに手が回され、彼の大きな舌が噛み砕いた食物を乗せて入ってくる。初めのうちは恥ずかしくて殺してやろうかと思っていたものだけれど、もう慣れた。

「……ッ、ふぁ……」
「可愛らしい」
「大の男にいう事がそれとは、目が腐ってんぜ……」
「それでも、俺に比べればずっと小さい。可愛らしい。柔らかい。綺麗だ。……優しくしたい」

金の瞳で俺を見つめ、うっとりと彼が呟く。
竜人は姿こそ二足歩行の爬虫類のようだが理知的であり、独自の頑健な文化を築いている種族だ。彼らは強靭な肉体を持つが争いを好まない気性のため、同族の雄同士ですら衝突を避けるために離れた場所で暮らしている。らしい。

「本当に可愛らしい……」

いつもなら口移しの後は触れてこないのに、嵐のせいで気分が上がっているのだろうか。今日の彼は俺の頬に指の腹を這わせ、鱗を橙に染める。橙は恍惚の色。青い舌が彼の口周りを舐める。捕食者を前にした獣のように、背筋が震えた。
俺はかつて家具職人だった。人間の華美な家具を竜人相手に作り売り歩くだけのただの人間。棲家を美しく見せる装飾窓や模様を彫りこんだ日用品は素朴な彼らの文化には無いもので、一部の竜人にとても受けが良いのだ。

「優しくしたい。もしお前が人里に逃げてしまっても、誰かに温かい言葉をかけられてもすぐに俺を思い出してしまうように。少しでも辛いことがあれば、優しい俺のところに戻らずにはいられなくなるほどに。優しくしたい。どろどろに優しくしたい」

力を込めた手が腰に回される。逃げられない。行き場のない手で彼の首元を撫でると、ハッとしたように目を伏せた。

「……ちがう、違う。そうじゃない。俺がお前にしていることは酷いことだと分かっている。けれど、それ以上に、傍にいてほしくてたまらないんだ。だから、せめてもの償いとしてお前に……」

雷が落ちた。青白い光に照らされた彼の全身に苦悩の灰色が広がっていく。外は相変わらず嵐の様相。俺の作った白百合のランプの明かりが揺れる。彼の為に作った大きなベッドが佇んでいる。俺の作った装飾窓がカタカタと揺れる。巣の中には、俺が彼の為に作った家具が溢れている。それら全てに目をやって、灰色の竜人は、優しくしたいんだ、と潰れた声で呻いた。

いつだって彼は、理性と本能の狭間で揺れ苦しんでいる。




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