その日、私は一大決心をした。

「面を上げよ、サディス」

厳かに発せられた言葉に顔を上げる隻腕の男。褐色の肌に、短く刈り込んだ黒い髪、無数の傷が走る彫りの深い顔。赤い絨毯の敷かれた大理石の間に立つ人間の肌はみな一様に白く、サディスと呼ばれた彼が異国の出身だということを強調しているかのようだ。

手のひらは緊張のあまり汗でじっとりと濡れている。私も男だ、決めてやろう。彼の黒曜の瞳、見開かれていくそれをまっすぐ見つめながら、私は息を深く吸い込んだ。



「お久しぶりです結婚してください隊長今日もお綺麗ですねカッコいいですねやっぱり隊長は顔を隠していないほうが素敵です眉間の皺と傷跡がとてもセクシーですセクシーついでに私の寝室で今から愛し合いませんかおっと口が滑ったぁ!!」


――ドゴォッ!!!!


私――アドルファス=スペンサー=アナステシアスV世の初めての告白のお返事は、現役時代には岩石をも砕いたサディス隊長の鉄拳でした、まる。



******



ここは私の治める王国、南の国アナステシアス。水の聖霊アニーの加護を受けるこの国は、そこそこ豊かで死ぬほど平和で穏やかだ。自然が多く残され、四季の移り変わりがはっきりしているのも魅力の一つ。

「やはりこれからの時代、観光産業にも力を入れていくべきですよねぇ」

どう思います隊長、扉から入ってきた隊長にそう言葉をかけると、彼は固まった。

「……鍵はかけたはずなんだが」
「やだなぁ私国王ですよ隊長! この城で私に出来ないことなんてないんです」

そう、ここは私が隊長を城に連れてきたときに彼に与えた隊長のお部屋。そりゃ合鍵持ってますよ。合鍵を笑顔で振りまわしてた私を宰相がものすごく白い目で見てたとか知らない。

隊長は額に手を当ててため息をつくと、どっかりとソファに腰を下ろした。

「それで、人のベッドで何をしているんだ」
「隊長のマントを被って隊長のかぐわしい汗の匂いを堪能しているであります!」

持ち込んだ書類を眺めながら、被った布をかき寄せる。ああ隊長の匂い。国王幸せ。

「こうしていると隊長に抱きしめられているようで興奮しますぐふ」

おっと思わず変な声が。ぐふふ。隊長はにやつく私の右肩をつかんで、力を入れた。

「あっダメですよぉ隊長、いくらまな板の鯉ならぬベッドの上の私に興奮したからってー、まだ結婚式まで一週間もあるんですからね我慢してください」
「……アドルファス陛下」
「ああん陛下だなんてよそよそしい! 新兵時代のように気安くアドルちゃんって呼んでくださいぃ」
「速やかに出て行ってくださいませんか、陛下」

ぐぐぐ、と肩をつかむ手に力が入っていく。万力に締め上げられているような痛みに心が折れかけるが、ここで引いたら男じゃない!

「ア・ド・ル・ちゃんって呼んでくれたら出ていきま、」

刹那、フードつきのマントが勢いよく剥ぎ取られた。まぶしいと思う間もなく。


「……さっさと出て行けと言っているだろうがスペンサーぁああアあ!!」


今度は右頬に一撃を食らいました、まる。




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