昔ばあちゃんが言ってたんだわ。 真夜中になると、もう使われていないはずのクソ古い線路に、光り輝く真っ白い幽霊列車が走っていることがあるんだと。しかもその列車は線路を外れて自由に走ったり、さらには空を飛んだりもしてるんだとか。極め付けにはその列車を見ると地獄に連れて行かれる、とかなんとか、そういう不思議感満載ちょっとホラーなおはなし。 まあ大学生の今となったらそんなファンタジーよりも現実の問題のほうが大切なわけだ。
例えば、深夜シフトのバイトの後にどうやって楽して帰るか、とか。
『というわけで俺んちまで走ってくんね?』 『……は?』
そんなわけで、人っ子一人いない真夜中の吹きさらしの廃駅、俺は初めて見た幽霊列車に土下座を披露したのであった。
ガタンゴトン、ガタンゴトン。規則的な電車の揺れとふかりと柔らかい座席。ぼんやり靄がかる視界の中を流れていく、刈り取られた田ばかりの黒い景色。不細工なかかしと低い位置の星だけが窓からのぞく。ぱりぱりとポテチをかじりながらも、こっくりこっくり俺の首は抗いがたい睡魔によって前後に揺らされた。暖かい、気持ちいい。寝てしまおうか。俺はぽてんと長椅子に横になって、そっとまぶたをおろした。しかし。
「寝ぼけたままスナック菓子を食うなって何度言ったら分かるんだっての!」 「いひゃいいひゃい、いひゃいいって!」
ぎゅうううう。両頬の痛みで少し開いた目で、手のひらの主を見上げる。思いっきり俺の頬をつねり上げ、心地よい眠気から俺を乱暴に引きずり出した犯人は、真っ白な髪の男。いつの間にか隣に座っていた男を見上げると、彼は眉間に数えきれないほどのしわを寄せて目を吊り上げていた。
「なんだよトレイン、その顔こわい」 「何回言ってもお前が態度を改めようとしないからこんな顔になるんだよ畜生」 「しかし俺は食べる……」
手をばたばたさせてポテチのりしおの袋を引き寄せる。一枚つかんで口に運ぼうとすると、伸びてきた手に手首を捕らえられた。
「はなせー」 「落ちたクズを始末するのは誰だと」 「どーせお前がやるんだろ、がんばれ」 「……本当にマナーの悪い乗客だなお前」 「俺はな、深夜のバイト明けで腹減ってんだ、よ……お前の事なんかかまって、られな……んむう」 「あっこら起きろ、着いてもオレは起こさないからな!」
乱暴に肩をつかまれ揺すぶられる。むしろ心地よいリズムのせいで眠気に拍車がかかっているような。だってもうまぶた開かない。
「んむー……ふー」 「起きろって言ってんだろ阿呆! 着いたぞ」 「ん……?」
ごお、と冬の風が入ってくる音がする。扉が開いたみたいだ。肌寒くなって、近くにあった手首をつかんで、その大きな掌に頬をすりよせる。すりすりし続けると次第に熱をもち始めるそれに満足して、俺は再び睡魔に身を任せる。
「むふー……」 「……ッ!」 「んぎゃ!」
突然体が宙に浮いた。バキッとすごい音を立てて着地先は、見慣れたボロアパートの玄関。ああうん、俺ん家だわ。どうやら俺はトレインに投げ捨てられたらしい。
「ってー……」
腰打ったぜちくしょう。さすさすと自分の体をいたわってやりながら、閉まっていく扉の向こうの元凶を睨み付けて叫んだ。
「もっと優しく降ろせよ、クソトレイン! もう二度と乗ってやんねぇー!」 「オレが乗せてやってるんだ、調子に乗るな阿呆ガキ!」
ガタン、と車体を揺らして向きを変え、すごいスピードで去っていく幽霊列車。 青白い蛍光灯がじりじりと点いては消える、それ以外の明かりは落ちて、ただ闇の中に田んぼだったものが広がってるだけ。俺は小さくなった光る列車に向かって思いっきり舌を出す。もう二度と乗ってやるもんかと、痛む腰をさすり、少しして、明日も深夜シフトだったことを思い出した。
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