「終わらない補習は切り上げて速やかに避難しろ、ミーナ・テイラー。食用召喚魔獣チョコレートだ、しかも群」
「えっ」
「そして、その後ろに見える白い獣たちが同じく食用召喚魔獣マシマロ、まったくこれだからチョコレートとマシマロなんてものは撲滅すべきなんだ、将来的に俺が出世し法を変える」
「あの何を」
「……知らないのか?」

曰く、チョコレートもマシマロも、この世界では一般的に食べられている召喚魔獣。
曰く、どちらも普段はただの草食魔獣だが、チョコレートは新月に、マシマロは満月になると凶暴性を増し、人肉を食らい魔力を貯めるようになる。非常に危険なため、これ食用魔獣の召喚に制限をかけようという意見も多い。
曰く、凶暴性を増している時の奴らは危険である一方、倒してそれを食らうことで魔力の増加が図れるため、わざわざその日に召喚する魔術師と魔女が後を絶たずチョコレートとマシマロによる被害が減ることはない。

「厄介なことに今日は満ち月が次第に影に侵される『月喰いの夜』だからな、どちらの魔獣も凶暴化する。これ幸いと奴らを喚び出す魔術師たちの数が単純計算で倍になり、すなわち召喚者を喰らってこんなところまで逃げてきたはぐれ召喚魔獣の量も倍になる、まったく嘆かわしい……ああ動くな、今安全な場所に転送するから」

生徒会長様は懐から短い杖を取り出して、何事かお唱えになる。瞬間、教室のドアが一部の隙間もなく、ひとりでに閉じた。

「待ってください、じゃあ、あの私が食べていたお菓子の名前は」
「君が食べていたもの?ブラウンプルーやガムやキャンディやコットンロミアンのことか」

どうやら中途半端な言葉の壁に健全なコミュニケーションを阻害されていた模様でございます。ガムとキャンディはあってチョコレートとマシマロが無いとは、これだからここは。

「それにしてもチョコレートとマシマロを知らないとは、ここに来るまで座学で何を受けていた?」
「漢文やら数学やらを義務教育で九年ほど」
「魔術歴史学や薬草学、魔術理論は?」
「この学園に来てから初めてですね、全部補習かかってます」
「魔術のない場所だとは聞いていたがそこまでか、ふむ……」

顎に手を当て考え込む生徒会長様は、こんな状況でも古代彫刻のような美しさ。ドン。閉ざされた教室の扉の向こうから、体当たりを繰り返す様な音が聞こえてくる。ドン、ドン、ドン。びくともしない扉を眺め、生徒会長様は妙案を思いついたと言わんばかりに両の手を打った。

「……避難は止めだ、ミーナ・テイラー。君には俺とともに召喚魔獣どもの駆逐をしてもらおう、実戦実習だ」
「えっ」
「実習を授業の単位の対価とするよう、俺の方から先生に掛けあってみよう。先生方も、実戦が出来れば文句は言うまい。このまま座学だけだと君は進級が危ういどころか永遠に無理だろうだから、悪い話ではないだろう?」

相変わらず、物事をはっきり仰るというかなんというか、失礼千万なお方。まあ概ね事実であるので、確かに悪い話ではないのですが、と彼の美しいおみ足から這いあがり唸りを上げる氷柱を私は見つめる。 

「……私がいなくても、生徒会長様がすべて消し去られてしまいそうな勢いですけど、私がやれることなど無いのでは?」
「そんなことはない」

あと、様はいらない、呼び間違うと碌なことにならないぞ、といつもの応酬を返す生徒会長様のアイスブルーの瞳にはかつてないほど爛々とやる気が輝き満ち溢れていらっしゃる。やる気はやる気でも、殺る気が。

「なに、簡単な話だ、俺の魔術は保存にはいいが調理には向かないから、そこを君に担当してもらうだけのこと。君は俺の倒したチョコレートとマシマロをほどよく炙るだけでいい。調理法は星の数ほどあるが、やはり、焼くのがシンプルでありながら最も美味だからな、今までは焔が希少だったからその段階を踏むのが非常に面倒だったが、今は君がいる、さて……」

トン、と手首のあたりを叩く杖。


「用意はいいな? 魔女科一年、『異世界交換留学生』、ミーナ・テイラー」


生徒会長様の声とともにドアが開く、羊に似た黒い獣と白い獣が一斉に押し寄せ、一斉に半数が凍りつき、残りの半数が教室内を飛び回りありえない大きさの牙を剥いた。

「……やっぱり、名前なんて間違うものじゃ、ないんだな」

ふう、と息をつく。チョコレートやマシマロに食べられそうになっている、なんておかしな話だろう。私の喉に迫る黒い獣、そこに生徒会長様の氷の弾丸雨あられ、残るのは穴だらけの獣。やはりお菓子は甘い食べものである方が平和で良い、そうぼやきながら、ホムラノキの杖の先に炎を出力する。

現代日本からいつの間にやら異世界に飛ばされて着いた先は魔術の学園、伝説の魔女と似た名前を持つが故に召喚された私は、あれよあれよと言う間に魔女見習いにされていました、なんて。なんて酷い話でしょう。なんておかしな話でしょう。

肉に直接火を着けぬよう、のたうつ獣の毛皮に向けて短い杖を振る。バースデーケーキの色とりどりの蝋燭に、静かに火を灯していくイメージを頭の中に形作り、指先からアウトプット。ぱち、と橙の火花が爆ぜ、放たれる。役に立ったな、マシマロ火加減特訓。まだ息のある魔獣の悲鳴に少し心が痛むが本当に殺らねば殺られてしまうようだ、彼の両親のように。ああ生徒会長様、頭の出来の良い人間はどこかおかしいって本当なのね、なんて思っていて本当に申し訳ありませんでした。これは油断すれば食われても仕方がありません。そんなことを考えながら杖を一振り逆回転、氷柱が方々に突き刺さる教室の中、ぽんぽんぽんと楽しげに着火した焔が踊る、カラメルを焦がしたような甘い香りが辺りを支配した。その匂いに、きゅる、と腹が鳴く。

「生徒会長様」
「何だ、あと、様はいらない」
「こんな食べ物、正直冗談じゃないと思っていましたけれど、ちょっと、美味しそうかもしれません」
「だろう?」

偉大なる生徒会長様、もとい氷を操る稀代の若手天才魔術師様は最後の召喚魔獣チョコレートを巨大な氷柱で一撃貫通、楽しげに氷の瞳を輝かせ舌なめずりをする。

「分かってきたじゃないか、ミーナ・テイラー」

彼は誇らしげに胸を張り、杖で手首をトンと叩く。

「分かってきたじゃないか。かの魔女と同じ名を持つ焔の魔女よ。この世界は、魔術は、我が学園は素晴らしいぞ」
「ずっと申し上げようと思っていたんですけれど、私の名前はミーナ・テイラー、じゃなくて、定良美衣奈です。テイラ、ミイナ」
「ほう?偉大なかの魔女と同じでは?」
「違いますよ、ブラウンプルーとチョコレートくらい、コットンロミアンとマシマロくらい。あと、生徒会長様と生徒会長くらい、呼び間違うとろくなことにならないんでしょう、生徒会長」

なんて、おかしな話でしょう。違うのだから、ちゃんとお呼びになってくださいね、生徒会長。甘い香りを漂わせながら、こんがり焼けていくチョコレートとマシマロ。それらをバックに自然と上がる私の口角。

「君も分かってきたじゃないか、テイラ、ミイナ」

床から生えた氷が一斉に砕け散り、呼応するように焔も消える。教室に残されたのはこんがり香る甘い獣と唇を舐めながら両手を合わせる私たち。ああ、この面倒で奇妙なおやつの時間に、かつてない程胸が高鳴っているなんて。平穏な生と引き換えにやってきたこんな世界、正直冗談じゃないと思っていたけれど、ちょっと、美味しそうかもしれない、なんて。懐からナイフを取り出した美しい生徒会長を横目で見て、こんな学園も悪くないかもしれない、なんて。なんてお菓子な話でしょうね。






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甘いもの食べたい。

2014.1203 sato91go




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