「いや、遠慮しておこう。俺の母親は、マシマロに殺された。あと、様はいらない」

再び重い話を持ち出してきた割にはやはり気分を害した風もなく、いつも通りの鋭いアイスブルーの瞳で生徒会長様はそう仰った。彼は今日も美しい。彼の美しさと気品を物凄くテキトーに表現すると「ヨーロッパあたりの王族っぽい」になるくらい彼は美しい。そんな彼の発言は今日も凡人には理解しがたく、やはり私とはまるで違う次元の生き物なのだと思い知らされる。

「真名であれ職名であれ、呼び間違うと碌なことにならないぞ。まあ、それは置いておくとして」

私はデジャヴを覚えながらクッキーに乗せたマシマロを炙る。火加減に悪戦苦闘しながら、それが膨らむさまを興味深そうに見つめる生徒会長様の形の良い唇が再び開かれるのを待った。

「母はマシマロによる窒息死でな、満月の日に俺に隠れて一人でマシマロの封を解いたことがいけなかったんだろう、思えば母は父を失ってから塞いでいたから……それ以来俺はマシマロを見ると殺意が湧いてしまう。ここで生徒会長などをやっているのもこの世界からマシマロなどという悪しきものをひとつ残らず撲滅するためで……、いや、少し話しすぎたな。ミーナ・テイラー、教室で」
「『教室で菓子を食うのは感心しない』んですよね」
「分かってきたじゃないか」
「半月も休まず毎日言い続けられれば、流石に」

そんなことを言いつつ、私がガムやらキャンディやらお菓子を差し出せば必ずと言っていいほど毎度持っていかれるのがこの生徒会長様だ。今も何だかんだと言いつつマシマロから目を離さない。限界まで膨らんだマシマロに目をやって、もういいか、と火を止める。私内焼きマシマロブームのお蔭で火加減もだいぶ得意になってきた。火加減だけは。他は聞かないでほしい。

「勉学の方はどうだ?」
「成績の程は右を見ればお分かりになりますよね、見たことがないであろう生徒会長様のために解説いたしますと、この私の隣の席に山積みにされた羊皮紙は我々落ちこぼれの業界では補習のプリントと呼ばれる代物です」
「様はいらない。君は落ちこぼれるような人間には見えない。然程やる気はないくせに試験だけは楽々突破していく類の人間だと思っていた。俺の一番嫌いな類のな」
「またそういうことをはっきりと仰る」
「君は進級できるのか?」
「自信はございません」

この学園で進級できなくても特に困ることはないような気もするが、やはり一介の学生として留年に対する不安や恐怖はある。

「確かにここに来るまで然程成績は悪い方ではなかったんですが、いかんせん……、問題文の意味が解らなくて」

生徒会長様はその静謐なお顔に理解できないという表情を乗せて、見せてみろと机からプリントをお取り上げになる。

「基礎の基礎だな。これの、何が分からない?」
「問題文が、というか文字がほぼ。会話に問題は無いんですが」
「朗読してみようか?」
「それは非常に助かります、が、生徒会長様にそんなことをさせて私は夜道で刺されたりはしませんか、親衛隊とかに」
「様はいらない。勿論、ただでとは言わない」
「それは私の台詞なのでは」
「今日のところは、この菓子で手を打とう」

生徒会長様が指差したのは、食べそこね、すっかりしぼんでしまったマシマロをクッキーで挟んだサンド。ああはい、いいですよ、と答えると、氷の美青年様は意外と豪快にかぶりつきなさった。

「とても甘ったるい」

そう言いながらも、大層楽しそうに口を動かしなさっている。

「生徒会長様って意外と暇であらせられますよね」
「俺は友人がいないからな。男はもちろん、女生徒などにはすれ違うたびにひそひそと話をされるだけで一向に誰も近づいてきてくれはしない」
「それは、生徒会長様への尊敬とその他諸々が過ぎて近寄りがたいだけでしょう」

話してみれば氷のような美貌とは裏腹にだいぶ変な人なので近寄りがたさなど霧散するのに、もったいない。

「……気づいていないようだから言っておくが、それは君も同じだ。君は『浮いている』と言うが、焔というものがここでは珍しく、尊く、近寄りがたいだけだ。君のその名前、かの伝説の女性と同じ名もな。そういう訳でクラスメイト達が君を遠巻きにするのも悪意ではないのだろうから、あまり気に病まないでやって欲しい。我が学園は良いところだぞ」

勿論君が物珍しいのは俺も例外ではないが、そう言って生徒会長様はもうマシマロの残っていないクッキーの最後の一欠けを口に放り込む。呼び間違うと碌なことにならないなんてことを言っておきながら、私の名を間違っている自分は棚上げにしておられるな、やっぱり今更だけど。矮小な私の心中を知る由もない生徒会長様は、次は焼き立ても作ってくれ、と呑気にプリントをお摘み上げになった。




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