「これで少女と邪剣の旅の歌はおしまい。」

集落の入口で、私はぴんと張った弦を指で弾く。歌の世界から戻ってひとつお辞儀をすると、唯一の観客である少女は拍手で迎えてくれた。続きはないの、ここで終わりなの、と少女は私の衣を引く。あるけれど長いからまた今度、私がそう爪弾くと、少女は今聞きたいのに、と頬を膨らませた。

「だって歌うには本当に長いのよ。あなたの人生よりもまだ。」

それでももっと邪剣に出てきてほしかった、と不満を漏らす少女。変わった子だなぁと思う。他にも、光の国の姫巫女の悲恋歌とか、ドラゴンと人の悲恋歌などなど女の子受けしそうな恋歌(悲恋歌ばかりなのは気のせいだ)も私のレパートリーにはあるし、その気になれば子供が好きそうな紅蒼黒白四将軍の武勇譚なんかも歌えるのだけれど、それでも邪剣の出てくる歌がいいと彼女は言った。やはり世間一般的には「邪剣」という存在は縁起が悪いらしく、普段はなかなか歌えない歌なのだ。だから、聞いてもらえて、とても、嬉しい。
そう言えば、ここにも邪剣伝説があったかしら。この土地の伝承はどこに行けば聞けるだろうと考えを巡らせていると、くいくいと衣の端を引っ張られ、私は顔を上げる。

「ん、これはどこまでが本当の話かって?お嬢ちゃん、それを聞くのは不粋というものよ。そんなにこの、爪弾けば言葉を話すリュートが珍しい?私が喉ではなくこれで言葉を紡ぐのが珍しい?」

こくこくと少女は首を縦に振り、めずらしい、すごい、と興奮した様子で腕を必死にばたつかせながら言った。リュートにびっしりと彫られた真珠色の細工を指でなぞって、すごい、すごいね、きれい、とてもよくにあってる、そう笑う。その姿に、少し昔の自分の姿を思い出し、自然と口元に笑みがこみ上げる。

「そうね、内緒にするなら、教えてあげる。この歌は本当の話。在ったものをただ在ったように歌っただけの歌。混じり無い真実の旅路。聖なるものも邪悪なものも、善いことも悪いことも、決めてきたのは心と生き様。」

握った拳で心臓のあたりをとん、と叩く。

「ただしこの歌にも嘘がひとつ。……ねぇ?」

不思議そうに見上げる彼女に微笑みかけて、私は最後に一度リュートを構え、ぴんと張った弦を爪弾いた。


「そうさ。俺は、何にだってなれただろう?お前が望むものになら、何にだって。」


途端に、目を見開いてぱっと表情を明るくする少女。リュートから紡がれた彼の声に目を細め、彼女に笑顔で手を振って、私は歩き出す。



眼前にはいざ行く長い長い道が続くばかり。どんどんどんと先へ先へと、私と邪剣の旅路は続く。




   ←      (main)  



×