二、蒼の将軍の話。


「……。」

少女と邪剣は、多くの人が行きかう街で、蒼の将軍に出会いました。
蒼い衣をぐるぐる巻きにして、顔はおろか身体の形すらも分からず、男女の区別もつかないような人でした。少女は、この人はどこがお顔なのだろうと思いながら、見たことのない文様の描かれた衣の上の方を見上げました。

「……。」
「……。」

少女と蒼の将軍は微動だにせず、無言で見つめ合います。

「……。」
「……。」
「……。」
「……。」
「いい加減何か喋れよ!!」

沈黙に耐えかねたのか、邪剣ヘルムートは少女の腕の中で怒鳴りました。が、蒼い衣のどこからかにゅっと出てきた手に柄を思い切り叩かれて驚き黙りました。邪剣が黙ったのを確認して、手はふたたびにゅっと引っ込み、飽きもせず少女と二人、お互いを見つめ合いながら黙りこくっています。
しばらく経って、青かった空が次第に夕闇に呑みこまれる頃、あなたは悪い人ですか、少女はようやく思い出したようにそう問いました。 

「……そうかもしれない。私は、かつて、誤った。彼らは、私の、望みには、必要な犠牲だと、信じていた。そして、今、これからすることは、少なくとも、まちがいなく、その剣にとって、悪だろう。」

蒼の将軍は言うなり再びにゅっと手を出して、少女の腕の中から邪剣ヘルムートを奪い取ると黒ずんだ血で汚れた鞘を抜き捨て、これまたどこから取り出したのか、真珠のように輝く彫り細工がびっしりと施された黒い鞘を取りだしそこに邪剣を収め、少女に渡してくれました。魔のものである邪剣は、魔除けの彫り細工の力に焼かれギャアアアアと鳴き喚きます。

「出せ。ここから俺を出せぇえ!」
「……じきに、慣れる。それに、やけどをしている、から。」
「ああ、そうだとも。俺は邪剣だからな。ずっと抱いていれば鞘越しでも火傷のひとつやふたつくらい負うだろうさ、いくら契約者と言えどもな!」
「……だから、これに入れていくと、いい。漆黒のドラゴンの皮を、鳴鳥の声で、つなぎなめし彫った鞘。その剣を捨てていく意思が、ないのならば、もっていくと、いい。元は、私のものでは、ない、けれど。鋭い剣には、相応の鞘が要る。己の喉を、貫かぬよう。力の使い方を、誤らぬよう。」
「クソッ、落ちぶれた武の神ごときが!出せぇ!」
「……。」

沢山喋って疲れたのでしょうか、蒼の将軍はまた押し黙って微動だにしなくなりました。少女は衣の声が出てきたあたりをじっと見つめて、ひとつぺこりとお辞儀をしました。この腕のじくじくした痛みはやけどという奴だったのだなぁとぼんやり思います。やけどを負ったことの無い少女は、日に日に広がっていくじくじくとした痛みを面白がって放っておいたのですが。それにしてもこの鞘とてもよくにあってる、少女がそんなことを考えながらぽふぽふ柄の部分を叩くと、邪剣はウッとばつの悪そうな声を漏らしました。

「…………あのな。」
「……。」
「…………あのな、俺が、悪かっ……いや、何でもねぇ!」

邪剣ヘルムートの小さな呟きを聞いて、少女は珍しい物を見た気持ちになります。あのヘルムートが。普段は少女に対して威張り散らしてばかりいるヘルムートが、蒼の将軍にもあんなに横柄な態度をとっていたヘルムートが、未遂ですが、謝ろうと。ちょっと混乱している少女はとりあえず、置きもののように固まっている蒼の将軍にもう一度お礼をして、さよならをしました。

「……一の犠牲で万の成果を、得られるのなら、上々。けれど、それが己にとって、本当に『一』であるか、否かを、見極めること、怠るなかれ。かつての、私のように、怠っては、ならない。」

少女には蒼の将軍も悪だとは思えなかったので、邪剣ヘルムートを抜かないままでどんどんどんと先に進みます。その背後では、蒼の将軍の姿が蜃気楼のようにふっと消えてなくなりましたが、それを見ていたのは少女に抱えられていた邪剣だけでした。




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