「まあ、かくかくしかじかこれこれこういうわけで」 「そうか、枕を返せ」 「そんなあからさまに興味なさそうにしなくてもいいじゃなですかあなたのアドルファス=スペンサー=アナステシアスV世がこんなに深刻に悩み傷付いているんですよ」 「わかったわかった、返せ」
私が体力を回復するため顔を埋めてくんかくんかしていた枕かっこ隊長のかほりつきかっことじを力尽くで引っこ抜く隊長。俺はいい加減眠い、そう呟きながら彼は半身をベッドに預ける。頭の下に枕を差し入れて、ちょうど私と向かい合う体勢だ。寝ころんでいるから視線の高さが同じ。いつも少し下から眺めている隊長の顔の傷と相変わらず皺の寄っている眉間、その奥の二つ並んだ黒い瞳を思う存分見つめられるこの時間が、好きだ。
「アドルファスしあわせぇ……ふへ……ふへへへ……」
にやにやごろごろとシーツの上を転げまわる私の下半身に燦然と輝く紐もとい赤い紐パンツ。隊長はそれを見て、何故か今日も溜息をつく。ところでこれ、色々と、その、布の中に収まらないんだけど、私穿き方間違ってないよねこれはこういうものなんだよねそうだよね。さっきの隊長の溜息はこのこととは何の関係もないよねそうだよね。
「そうそう隊長、話を戻すとですねー、いくら太ったって言われても自分では体のシルエットも変わってないしそんなに太ったわけでもないと思うんですけど、でも確かにつまんでみるとお腹柔らかいとか柔らかいとか信じたくない事実が露呈、し……!?」
ぷに。
「おお、本当に柔らかい」
ぷにぷに。
「うっうっわぁあぁぁぁああああああああああああああ隊長に肉つままれたぁぁあああああ!!」 「スペンサー五月蠅い、黙れ」 「ちちちちちがいますもん! これは違うんですもん!! まだ、まだ私は中年太りするような年じゃ、ないはず、ない、はず、ですもんんんん!」 「だから五月蠅い。大の男がもんとか言うな、気色の悪い」 「そこ!?」
手足を思いっきりばたつかせて必死の抵抗を試みるが、それも空しく仰向けに転がされる私。ぷにぷにと腹の肉、いや肉じゃないこれは肉じゃない断じて肉じゃない違う皮だよ皮だ皮膚皮膚、を隊長の指で弄られる私。眉間の皺がいつもより一本と半分くらい少ない隊長。どうやらこの行為を楽しんでいるらしい隊長。いや一体全体何が楽しいんですかちくしょうちくしょう。
「やだ、やだぁ……触らないでくださいよぉお……」
たいちょうの手のひら冷たいお腹冷える美容に悪いくすんくすんと渾身の泣き真似を披露しても、隊長は一瞬固まって何かを堪えるような顔をしただけで私の腹を弄ぶ手を止めてはくれない。
「……太った、というより筋肉が落ちて柔く感じるだけのような気がしないでもないな。元がどのくらいだったかまるで覚えていないから何とも言えないが」 「ええっ覚えてないんですか、あんなに一緒にお風呂に入ったり今みたいに裸で寝たりしたのに! 何故! なにゆえ!」 「いやだってお前の裸に興味がないからそんなにまじまじと眺めたことがな……おい待てなんだその顔は何で泣きそうなんだお前」 「だってひどいそんなにばっさり切り捨てるなんて! 私なんて隊長のその肌が外気に惜しげもなく晒されているのを見る度に心の臓が全力で稼働しだすのに体温が上がった時にだけ浮かび上がるような普段は見えない傷跡の本数も位置も全て把握しているのに! 不公平です愛の格差社会です深く傷付いたので賠償として隊長のパンツ一年分を要求します!」 「……」
無言で腹をつねりあげられました。痛い。仕返しに隊長のお腹に手を伸ばしてつねろうとしてみたけれど、そもそも固くて指でつまめまなかった。何という筋肉の鎧。うらやましい。つまめなかったので割れた腹筋を一か所一か所丁寧に撫でる。だがしかし当然のごとく私の手は叩き落とされさっきよりも強く腹をつねられた。痛い痛い痛い。
「私も、私も筋肉ほしい……ムキムキ……」
私だって男だし隊長くらい腹筋と胸筋をバキバキに割りたい。けれど、現実は厳しく昔と違って身体を鍛える時間は無いし、そもそもさほど筋肉のつかない体質だ。というか頑張って筋肉をつけても顔との均衡が取れていないとか何とか言われて落とさざるを得なくなるような気もする。そして今に至っては筋肉どころかお腹ぷにぷにである。やっぱり隊長は、私みたいなほどほど筋肉優男ボデーよりも自分のようなムキムキメリハリマッチョボデーの方が好みなのだろうか、とか普段から悩んでいる私にとっては死活問題だちくしょう。
「……『女の身体の方が良いのだろうか』と出てこない辺りが非常にお前らしいといえばらしいが、そこで何故俺が筋肉質な男を好きだということになるんだやめろ」 「心読まないでくださいよ隊長ぉおおおお!」 「お前が全て声に出しているから悪い……」 「えあっ」
なんというデジャヴ。
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