とすん。


巨大な山犬のような――、怪物の眉間に驚くほど簡単に突き刺さる大剣。魔物は、粘着質な口から耳障りな悲鳴を上げ、前足を必死に振り上げ、頭上の敵を振り落とそうと藻掻く。しかし、やがて、女が力をこめて剣を右にひねると、ぶあ、と黒い鮮血が舞い散り、途端白い巨体が崩れた。大地を揺らすのには十分すぎる質量が行き場を無くして地面に叩きつけられる。かすれた細い声とともに、魔物は絶命した。生温かったその身体がを冷たくなっていく様を彼は驚くほど冷静にその身体で感じていた。


すたん、と女は地面に降り立って、軽く身体を震わせる。そのままその場を立ち去ろうとして、



「ルール、俺を忘れてる」



彼に呼び止められた。


「む」


わざとじゃないのだ、そう言ってルールと呼ばれた女は振り向く。顔の皮膚が破けた場所から赤いコードと鈍色が痛々しく覗いていて、彼女が人間ではないことを知らしめている。剣を額から引き抜くと吹き出た新しい血が彼女を汚したが、それを気にも留めず、ぶん、と刀身から黒い液体を振り払う。


「殺したな?」

「いや、壊したのだ」


ルールは彼を拭いながら言う。


足元にごろごろと転がる、魔物に食われた人間たちの残りカスを、彼は見た。



「なんで」

「決まっている、あいつらはわたしを壊すつもりだったのだ」


彼女はもう半分しか残っていない顔の皮膚に触れた。人間に模して作られたそれは柔らかく、本物と区別がつかないほどの精巧さで、彼女は顔には出さなくとも存外気に入っていたのだと彼は知っている。それを奪ってしまった彼らはルールに敵とみなされた。それだけだ。


ルールは物を壊すことには躊躇しない。人間にとってルールが"機械"であるように、ルールにとっても人間は"物"であった。心が感じられない。どんなに人間のように滑らかに動き、人間のように考え感じても、相手に心があるとは感じられない。だから、自分に危害を加えるものを壊すのに理由なんか要らない。それは彼らもルールも同じだったのだろう。だからあのデカブツを町にけしかけて、みんな壊させた。そして最後にはそれすらも自分で壊した。それだけのことだ。ルールにとってはたったそれだけのことだ。悪いけど、ルールはまだ子供なんだ、そう彼は足元に転がる人間たちに釈明した。





ルールははめ込まれたガラス玉を輝かせて、沈んでゆく日をじっと眺めていた。不意に彼は思いだす。




『人間になりたいのだ』




そう彼女は言った。それは橙色の夕べのこと。馬鹿なことを、と彼は思った。けれど彼女の澄んだガラスの目は言葉以上に真剣だと告げていて、彼はもう何も言えなくなった。


(そう、あの時からだ)


人になりたいはずの彼女は人を傷つけて時に壊すけれど、それは彼にとって一番忌むべき行為であるはずだったけれど、それでもルールを嫌うことなんてできない。なぜなら彼はもう。



「スティング」



ルールが彼の名を呼ぶ。剥き出しの透明な目が暮れてゆく空を映して淡く光っていた。夕日が、きれいなのだ。そうだな、きっと綺麗なんだろうなぁ。お前の眼がこんなに綺麗に光っているのだから。金属の子供はくすぐったそうに笑った。



やがて日が沈んで星が出る。その前に行かないと。そう言うとルールは素直に頷いて、彼を背負い、夕日を背に歩き出す。



(ルール、)



いつかお前が、機械仕掛けのお前が。悲しいという感情がわかるようになればいいな。誰かの死に泣けるようになるといいな。ルールの心臓は時計のようにカチカチ鳴ることを彼は知っていたけれど、それでも彼は祈らずにはいられない。




(俺はお前に、)



大剣スティングは、アンドロイドの背に揺られながら、遠くの空に星を見た。







ほしにねがいを




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前サイトの遺物その1。
大剣×アンドロイドとか誰得俺得。


2012.03.24 sato91






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