「……ッ!」

二ノ前がいた場所には光り輝く一本の紅い杖。白髪の男は肩の傷口を抑えながら、宙に出現したそれにためらいながらも手を伸ばし、掴んだ。

「嗚呼、もう糞!」

刹那、足元から勢いよく迸る青い炎、男を拘束していた蛇が蒸発し、消える。

「……審問官春夏秋冬、そして我が紅き《杖》二ノ前の名において、審問官特殊権限を発動する!」

炎の中で春夏秋冬は、諦めたように、嗤った。

「人間の《杖》、それに春夏秋冬……? 」

穂積は何かに気付いたように目を見開く。  

「審問官特殊権限により、マ法関連の罪状を独断で判決、ならびに刑の執行を行うことをここに宣言!」

異論は認めない、と機械的に決まり文言を叫びながら、春夏秋冬はシ人の群れに駆け、鼻の曲がるような腐臭の原因に《杖》を翳す。青い炎が何か巨大な生物のように口を大きく開け、唸るシ人の群れを、喰らう喰らう、喰らう。残った灰、死肉の焦げる嫌な匂い、それは一瞬で大雨に流され、消えた。

「……その人間の《杖》。アナタ、かの悪名高い春夏秋冬審問官だったのですねぇえ」
「ご明察」

ふふふと笑って穂積は白い杖を回すと、水たまりの中から次から次へと新たな蛇が生まれる。

「ですが雨が降っている限り、私の有利に変わりはありませんよぉお、『ねえ?水蛇《シュランゲ》』」

水で出来た蛇の頭を愛おしそうに撫でながら、穂積はうっとりとした表所を見せた。無数の水蛇が雨粒を取り込み大きくうねる、春夏秋冬と二ノ前に一斉に牙をむく。春夏秋冬は、とん、と杖で肩を叩き、くつくつと喉を鳴らして笑ってみせた。

「『我、紅の《杖》の振り手にして、煉獄の炎の紡ぎ手。』」

雨粒を薙ぐように、杖を振る。青い炎が意思を持って、蠢き始める。

「『我が最愛の肉体と精神は同にして異、異にして同。双つを繋ぐは獅子たる矜持。顕現せよ……来い、炎獅子《レーヴェ》!』」

『――応。』

轟。応えと共に、青い炎から躍り出る紅い獅子。その顔には醜く大きい傷、彼は天を裂くように、大きく吠えた。

「『我らは蒼炎、』」

豪雨の中、炎で出来た獅子は駆け、水蛇たちの喉元に食らいつく。蛇は舌を出してのたうちまわり、この世の物とは思えない叫び声をあげながら蒸発する。消える。

「『或いは業炎、』」

春夏秋冬は青い炎を拳に纏わせ、殴り、杖で薙ぎ払う。鎖を弄び、足元からとめどなく流れる炎で、敵を包む。その隣では獅子が牙を見せ、炎の鬣を揺らめかす。襲いかかる蛇の首を捉え、そのまま力任せに引き裂いた。

「『或いは――、《Glut》。』」

とん、と春夏秋冬が地面を叩く音。穂積は周りを見回し、笑みを顔に張り付けたまま、大きく舌打ちをした。

「全てやられてしまいましたかぁ、でも私にはまだ力が……『我、白き《杖》の降り手にして、黒濁たる影の遣い』て、……ッ!?」

――ぱきん、と音を立てて白い杖が砕けた。穂積の顔を血がつうっと流れる、手を当てると陶器のようにヒビ割れた額。青い炎と紅い獅子を従え、春夏秋冬は杖の切っ先を穂積の喉元にあてた。

「マ法は一人ひとつ、それ以上は過ぎたことだ。いつか身体にガタがくる」
「でも生まれ持ったマ法が弱かったら? 戦えるものでは無かったら? 私は力が欲しいんですよぉ! この世界は力が全てでしょう? あなたもそうではないのですか、春夏秋冬審問官」

美女は額から血を流しながら、高らかに嗤った。

「知っていますよぉ春夏秋冬審問官!アナタの一族が禁忌を犯して最強の《杖》を作り出したことも、アナタが彼らに何をしたのかも!血塗れのアナタに私を裁き正義を騙る権利があるのですかぁ!?」
「ない」

そう言い切って、春夏秋冬は口角を持ち上げて獅子の首元を撫でた。炎獅子――二ノ前は鬣を揺らめかせ巨体を春夏秋冬に擦りつけて、一拍後、思い出したように素早く離れ、威嚇する。

「ない、が――俺を裁くのはお前じゃない」

白髪の男はくつくつと笑いながら、張り付いた前髪を掻きあげて、蒼い瞳に曇天を映す。

「『他からの≪杖≫の強奪、並びにシ人の製造、マ法使い殺害の罪により』」


マ法で湿った煙草に火をつけ、白髪の男はその顔から一切の笑みを、消した。

「『死刑を、執行する』」

紅い獅子が吠える。叩きつけるような豪雨の中、つんざくような獣の咆哮と灼熱の青い炎が辺り一帯を呑みこみ――。





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