インクが滲む黄色い紙があたりを埋め尽くしていた。一枚一枚それらを拾って、重ねていく。規則的な穴が開いているこの紙を綴じるには、何か――そう何か規律めいたものが必要だ。その点、この針金はもうだめだな。曲がって腐って錆びて、ただ紙を傷つけた。もうだめだな。黙って手を動かす。

うず高く積まれた紙と何もない白い部屋。お前の記憶を綴じた本。己れを構成するすべて。ああ、そういえば表紙は見つからなかった。無地のそれを撫でる姿が、左手が好きだった。


「空想の中で生きていけばいい」


呟いても、もう誰も答えない。


「記憶の中で生きていけばいい」


もう誰も答えない。


「何も欲しがらなくていい」


もう誰も。


「……お前は、執着なんてしなくてよかったんだ」


誰も。



誰も、いない。



君が世界を見る目の優しさを己れは知っている。君がそれをなぞる手の柔らかさを己れは知っている。お前がそれを知ろうとしなかっただけで。恐ろしくて。己れが教えなかっただけで。恐ろしくて。知っていたさ。お前は己れではないけれど、己れは最期までお前だったのだから。

そして、お前は選んだ。何も知らなかったくせに、お前は自分で選べたのだ。なら。



君に己れはもう、要らない。



風が吹いた。執着なんてただ苦しいだけだった。お前が笑うだけで己れは苦しかったよ。お前の涙を拭えないこの体がずっと憎かったよ。それでも、苦しくても、握ったこの手を離さないでほしかった。ずっと傍にいて欲しかった。己れだけを頼って生きていてほしかった。どんなに焦がれても、記憶は散り、舞い上がり、バラバラになって紙の塔は崩れていく。


忘れないでほしい、なんて。呟いても、もう誰も答えない。


ああ、塔は崩れ、紙が燃えていく。己れは末端からほどけて、消えていく。いい。これでいい。己れが解けていく、きっとこの未練まで綺麗に無くなるだろう。それで、いい。


思想の塊に過ぎない己れ、それでも、この祈り、願いが届くならば、どうかひとつだけ。



(なあ、聞こえるか、××××)



おれはおまえをあいしていたよ。



ノート、ただしリング式。
( ばらばら、さよなら )



‐‐‐‐‐‐‐

前サイトの遺物その2。

書いたの昔過ぎて直せない。恥ずかしくて直せない。

夢で見た話を勢いで結果がこれだよ。突っ込みどころしかありませんがご容赦をば。
一応、俺=記憶なしお・己れ(おれ)=主人公の日記のようなもの=主人公の記憶、みたいなイメージだと思うんですが。佐藤の中では自分(日記)×自分(主人公)。うんおいしいね!←

まあなんだかんだ言ってお気に入りです。

2012.03.24 sato91





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