一面。花畑。一つ、花を摘み取り、薄い花びらをむしって彼は呟く。
「すき、きらい、すき」 「花占い」 「そう、偶数だ、先が見えてる、お前は俺がきらい」 「嫌いじゃない」 「俺と同じ好きでもないだろう」 「わからない」 「お前なんて俺の事だけしか考えられなくなってしまえばいいのにと俺はいつも思っている」 「恐ろしいことだ」 「でも俺は、俺しか見えてないようなそんな馬鹿なお前、多分嫌いだろう」 「我儘なことだ」 「知っている、お前はそんなことを考えたこともないだろう」
ふう、と彼は息をついて倒れこむ、花に埋もれる。閉ざされた薄い瞼の下で眼球が動いている。花は美しい。空は美しい。彼もまた美しい。心臓が動いているのが不思議なくらい、美しい。
「お前はこのまま死んでしまうのか」 「何故」 「棺桶の中で花に埋もれているようだ」 「恋なんぞで俺が死ぬものか」 「でも美しいと思った」 「そんなのお前の方が何倍も」
彼はからからと笑う。何が可笑しいのか俺にはわからない。俺には分からないことが多すぎる。
「……俺はお前がわからない」 「どうした」 「俺はお前が理解できない」 「そんなことしなくていい」 「嫌だ、お前は俺をわかっているのに、狡いと言うんだそういうことは」 「わかったから、ほら、泣くな、そんな風に泣いているお前は嫌いだ」 「俺は泣いているか」 「泣いている」
覗き込んだ彼の顔、そこにぱたぱたと落ちる雫。ふむ、どうやら本当に俺は泣いている。俺にはわからないことが多すぎる、けれど彼が、彼だけが俺のわからないことに気づいて、拾って、そっと手渡してくれる。彼がくれる言葉が好きだ、それらは綺羅綺羅と輝いて、俺の中にゆっくりたまっていく。
「何故お前は泣いている俺が嫌いだ」 「恋とはそういうものだ」 「恐ろしいことだ」 「そうだな、ほら、泣きやめ」
彼の手が伸びてきて、涙をこぼす目尻を優しく拭う。ひんやりとした感触にまた涙が落ちる。ぽろりぽろりと彼の指を濡らす。
「寒いのか」 「少しだけ、ああ、また泣く」 「うん」
冷たい彼の指を両手で包み込んでみる。こうすれば少しは温かいだろうか、少しは。しかし彼の手は逃げるようにするりと抜けていく。
「そんなことをしては駄目だ」 「何故」 「空しくなるから」 「わからない」 「わからなくていい」 「だが俺にもふたつわかったことがある」 「お前は俺の泣き顔が嫌い」 「そうだな」 「そしてお前は寒い」 「そうだな」 「だから、思いっきり抱きしめて口付けをしてほしい」 「……何故」 「そうすれば俺の顔なんて見えないし、身体も温まる」 「成程、しかし」 「うん」 「無理だそんなこと」
彼の細い指が、また花に伸び――すき、きらい、すきを、繰り返す。偶数だ、先は見えている。きらい。彼はどこか悲しそうにその言葉を繰り返す。
「きらい」 「違う」 「でも矢張り、俺と同じ好きでもないだろう」 「そうなのか」 「何故」 「お前が寒いのなら、俺が、温めたいと思う、それに俺もきっとお前の泣き顔が嫌いだ、いや涙は美しいとは思うのだけれど、きっと嫌いだ、それでも俺はお前と同じ好きではないのだろうか」 「……」 「お前に触れられると胸が温かい、離れて欲しくないし俺以外の誰にも触れてほしくない、寒くなるから、お前が居ないと寒いから、俺だけの隣にいてほしい」 「……」 「俺にはわからないことが多すぎるから、教えてほしい、これはお前と同じ好きか」
彼はそっと嘆息する。面倒臭い俺は嫌いだろうか。
「本当に、お前にはわからないことが多すぎる」 「申し訳ないとは、思っている」 「ああ、ほら泣くな、泣き顔は嫌いだと言っているのに」 「だから抱きしめて口付けでもすればいい、してくれ」 「ああうん、そうだなそうしよう、でもその前に」
ふう、とひとつ息をついて、彼は起き上がる、俺の肩を掴む。
「お前なんか嫌いだ」 「そう、なのか」 「ああ、違う、悲しそうな顔をするな、お前の見ている世界は綺麗だ、好きだ」 「嬉しいことだ」 「そしてそんな言葉ひとつで無防備に笑ってしまうお前が嫌いだ」 「俺は笑っているのか、そして嫌いか」 「ああ、違うそうではなくて、ほら泣くな、泣くな」
俺だって泣きたくて泣いているわけではないのに、そう思う。泣きたくて泣いているわけではないのに、彼の言葉はいつだって綺羅綺羅と輝いているのに。彼がくれる嫌いという三文字も嫌いではないはずなのに。俺はきっとおかしい。彼はあやすように俺の目尻に口づける、そしてその体勢のまま、何事か考える。ちゅ、と音を立てて涙をなぞる唇。胸が痛くて苦しくて、ぎゅうと彼の腕をつかむと、彼はやがて観念したように身体を離して口を開く。
「……お前は、本当にどうしようもなく綺麗で、俺はそんなお前が、好きで苦しくて死んでしまいたいくらいで、それが苦しいから嫌いで、それでも矢張り好きだ」
――そして多分、お前も。
強く腕を掴まれ、押し倒され、衝撃で、花びらが舞う、散る。頬に落とされる冷たい唇。そこから広がる熱と何故か苦しくなる呼吸に、助けを求めて彼を見上げれば、再び耳元で、すき、きらい、すきを繰り返す声。それは綺羅綺羅と、光って、落ちる。右側から聞こえる心臓、すき、きれい、すき、ゆるやかに刻まれる彼の声と鼓動に、俺は安心して目を閉じた。
すき、きれい、すき。
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「ゆがんだ独占欲/抱きしめて、キスをして/すき、きらい、すき 」。 こちらの診断さまより3つお題をいただきました。 なんとなく、色を使わない縛りです。
2012.11.18 sato91
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