「……離せよ」

離れていく白い腕を思わずつかんでいた。

「え、いや、ホラーは嫌いだけどいやお前がいちいちうるさいのはいやだけど、だってほら、楽して早く帰りたいし、暖房あるし、あと、ちゃんとした職もお持ちの方のようですし? あと、えーっと」

何故だろう、俺の頭は必死になって理由を探している。あの駅に行く理由。ちょっと自分でも何を言っているのかわからない、俺は娘の彼氏を品定めする母親か。訳の分からない焦燥と共に、腕をつかむ指に力が込もる。

「あとだな、お前に会えないって想像したら、物凄く寂しくて」

俺が何してもまず説教だし生意気だしムカつくけれど。ポテチくらい見逃してくれよとかもっと優しく扱えとか思うけれど。今日も初めて会った日も俺を乗せてくれたみたいに俺の事を置き去りにしたこともないし、なんだかんだ言って着いたら起こしてくれるし。幽霊怖いけど、守ってくれたし。とにかく、俺は離れたくないんだよ。……離れたくない?

「あ、そうか」

この気持ちを表す言葉をひらめいた気がする。なんだ、簡単なことじゃないかよ。

「俺はお前が好きだから、離れたくなかったのか」

うん、何かがすとんと自分の心にはまった気がする。しっくりきたのが嬉しくて笑顔で見上げると、そこには真っ赤に茹ったトレインの顔があった。トレインは信じられないものを見るように目を何度も瞬かせる。え、なんだこの反応。ガタンゴトン、ガタンゴトン、車体が揺れる音がやたら大きく聞こえる。え。

「ち、ちち違うからな!? そういう好きじゃないぞトレイン、なに勘違いしちゃってるんだよーあっもしかしてお前俺のこと好きなのかよーって」
「……」
「なーんちゃっ、て……」
「……」

真っ赤な顔のまま黙りこくるトレイン。なんだこの反応。え、え、え。

「いつもみたいに、うるさいアホーとか、調子に乗るなーとか言ってくれよ怖いじゃん!」
「……ああ、わかったよ」
「ちょっとトレインさーん!?何でそこで俺の手首つかむの!!?」

待って、何がわかったの? トレインは力任せに俺の手首を引いて、引き寄せ、抱きしめた。え、抱きしめ、た?すっぽりとトレインの腕の中に埋まってしまう俺の体。え、何ですかこの体勢。何で待って待って待て待て、待て。顔近い、顔近いって!

「トレイン、離し、」
「うるさい黙れ阿呆お前のことが好きかだとああそうさ悪いかいつもいつも無防備な寝顔さらしてんじゃねえよ寝ぼけた時の行動がいちいち可愛いんだよ死ね人の気も知らずに調子に乗って好きとか言いやがるからもう泣き喚いて許しを請うまでブチ犯してやる畜生」

ここまでワンブレス。いつもの罵倒に交じって時々愛の告白的な言葉が聞こえるような気がするんだけど何を言ってるのかよくわからない。いや日本語はわかるんだけど意味を理解したくないっていうか、ブチ犯すってなんだよっていうか、何より一般的な日本男児であるはずの俺がかわいいとか間違いなく眼球が腐ってるんだけど怖いんだけどこいつ。

「第一この座席も俺の身体の一部なんだよその中でこんなスナック菓子だのアイスクリームだのを列車の中で食うような生身の人間しかもこんなマナーのなってない非常識なガキを乗せてやってるのは何でだと思ってるんだ少しは考えろ脳足りん、お前が、」

再びワンブレス。ふう、と息をついて心底不機嫌そうな声で。

「好きだからに決まってるだろ可愛い死ね」

トレインは腕の拘束を解くとぽいっと俺を座席に放り投げた。え、何で馬乗りになるの。何で手首を纏めて頭の上で押さえつけるの。何でベルトの位置を確認しているの。

「ああもしかして、これは俗にいう貞操の危機というやつですか助けてばあちゃんあなたのかわいい孫は童貞よりも先に有り得ない場所の初めてを喪失しそうなうううう!」
「もう黙れよ五月蠅い」
「ちょっ」

頬に冷たい唇が押し当てられた。ちゅ、ちゅ、とリップ音を何度も奏でる俺の頬っぺた。わーこいつまつ毛長い、とか感心してる場合か俺!

「いや駄目だろこういうことはちゃんと段階を踏まないとまずはお友達から清い交際をだなできちゃった婚とかインモラルはよくない、トレイン、ちょままままままっ、待っ」

頬にキスを繰り返しながら、ベルトを取り外しにかかるトレインの手。駄目だって言ってるのにこいつは変態か。むっつり助平か。頭の上で拘束されたままの腕を精一杯ばたつかせて抵抗を試みる。と。

「「あ」」

右手のアイスが。大方溶けているそれは綺麗に弧を描いて吹き飛び、ダイブイントゥートレインの顔。素晴らしい、10.0。

「……こんのクソ乗客がぁあああああああああ!」

思いっきり頭をはたかれ、拳でぐりぐりとこめかみを圧迫される。痛い。痛いけど。

「正気に戻ったかトレインンンンン!」
「黙れ阿呆、本気で殺す……!」
「いや、今のはほぼお前が悪いね!」
「逃げるな!」

トレインがべたついているであろう顔を服で拭っている隙に逃亡。怒りに震えるトレインの手を避けながら、塵みたいな雪の舞う黒い空を、見、思わず両手で顔を覆う。超不機嫌なトレインから甘く香るバニラ。ああ、ちくしょう。

「……ちっくしょー」
「あ?」
「……やっぱお前なんか嫌いだ、二度と乗ってやるか馬鹿トレイン」
「俺が乗せてやってるんだって何度も言ってるだろうが!」

窓ガラスに、有り得ないくらい真っ赤な俺の顔が映っていたとか。冷たい唇を押し当てられたはずなのに頬が燃えるように熱いとか。そんなの、たぶん、きっと、間違いなく、気のせいに決まってる。







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天敵企画さまに提出させていただきました!

2012.1028 sato91




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