今日は、今年初めての雪が降った。降って、落ちて、消える。

「遅いぞあほトレインー!」

夜の黒を照らすライトに向けて、思いっきり叫ぶ。

「待ってる間クソ寒かったんだぞ!」

早く来いよとぼやきながらいつものコンビニの袋を振り回す俺。

「もう来るなって言っただろーがー!」

俺には電車の表情は読めないけど、まあきっと彼は怒っているのだと思う。

「ふははははだがしかしクソ電車ごときが俺に指図できると思うなよ」
「オレは列車だ!」

ぷしゅーと音を立てて白い列車が俺の前にとまる。いつものように汚れ一つない白い扉が開く。明るい車内の中には、白髪の男。いつもの、トレイン。

「帰れ」

仁王立ちをしたトレインが眉間に皺を寄せてこちらを睨み付けていた。

「寒いから暖房ガンガンで頼むわ」

睨み付けていた、が、華麗にスルー。

「帰れって言ってんだろこの阿呆!」
「まあまあお兄さん、後でいいもの差し上げますから落ち着いてくださいよー」
「……おい、何してる?」
「アイス探してる」
「は」
「冬と言えばアイスだろ?」

一本取り出し、ぴた、と頬にあててその冷たさを楽しむ。冬に暖房のきいた空間で冷たいアイスを楽しむって贅沢でいいよな。そっとパッケージをはがすと、直方体のバニラバーが現れる。安っぽいバニラの香り。うん、やっぱりアイスは冷凍庫でカチカチに固まったのよりも、ちょっと溶けかけでやわらかいのがいい。どこの角から口をつけようか悩んでいる俺にトレインは理解しがたいという目をして、眉根を寄せた。

「そんなものを食べるな、垂れたら誰がしみ抜きすると思って……」
「だいじょーぶだいじょーぶ、俺食うの早いから零したりとかしないし、それに」

いつもの小言を軽く受け流しコンビニの袋をガサゴソ漁る俺を、不審そうに見つめるトレイン。その半開きの口に思いっきりバニラバーを突っ込んでやった。

「今日はお前も共犯だから問題なし!」
「なっ」

げほっ、とえづきながら木の棒を掴むトレイン。前歯で先の方をおそるおそるかじり、少し目を見開いた。

「うまいだろー」
「……冷たくてびっくりしただけだ」
「それやるから許せよ」

いい加減寒いし、赤くなった指をこすり合わせて拝むと、トレインは苦虫をまとめて噛み潰したような顔で溜息をついた。




「……怖くなかったのかよ」

ガタンゴトン、ガタンゴトン、揺れる車内。流れていく夜空と対照に明るい車内。何が、と問うと、向かいに座った白い髪の男はぽつりとこぼした。

「得体のしれないものにいきなり首を絞められて殺されかかったこと、怖くなかったのかよ」
「死ぬほど怖かったですけど何か」
「じゃあなんでまた来たんだ」
「……その得体のしれないものの正体が、はっきりしないと嫌だから?ん?」

怖いものって正体を知ると怖くなくなるって聞いたことあるし、いやでもこの答えは自分で言っておいてしっくりこない気がした。でも何が。バニラアイスを傾けると指に白い筋を描いて流れ落ちる白い液体、それをそっと舌で舐めとる。目の前のトレインの顔がわずかにしかめられた。そんな怖い顔しなくても零さねぇっての。

「……あの駅で自殺した男の残留思念」
「は?」
「お前が聞いたんだろう、あれの正体をよ。借金苦であそこから身を投げた、よくある話だ」
「ああ、地縛霊みたいな……?」
「厳密にいうと違うが、まあ」

くわえたアイスの棒を上下に動かしながら、トレインは淡々と語る。へえーサスペンスの脇キャラみたいへえー、地縛霊みたいなものか、へえ。

「へーへーへー……」
「何で耳を塞いでるんだよ」
「いや、俺ホラー超嫌いなの」

正直聞かなきゃよかったとか思ってるの。やっぱり怖い幽霊嫌い。お前が聞いたんだろともっともなことを言うトレインはスルー。何か食べながらじゃないとやってらんねーとポテチの袋を開けようと手をかける。が、横から手が伸びてきて即没収。いつのまに横にいたんだコイツ。

「ちくしょう、こんな時まで堅物列車め」
「うるさい」
にらみつける俺を無視してトレインは不機嫌そうに唸った。
「あのな、オレも似たようなもんだぜ、お前の言うところのホラーな存在」
「それはなんとなく知ってるけど」

俺はトレインが何なのかは正確には知らない。トレイン、という名前だって俺が適当に呼んでいるだけだし。じいっと白い顔を見つめていると、視線に気付いたのかトレインは口を開く。

「……オレは、死者の魂をあの世へ運ぶ幽霊列車、お前たちの言うところの霊やら魂やらを車内に乗せて走るのさ」
「幽霊乗せて、走る?」
「ちなみに、土曜、日曜の二日は定休日だ」
「え、いやお前の労働条件とかは聞いてないんだけど、あのさ、もしかしてお前が幽霊乗せてるところに鉢合わせたりするのか」
「……そうだと言ったら?」
「……怖」

おばけがトレインの中にうじゃうじゃいたりするのだろうか、幽霊だらけの満員電車。なにそれまじ怖い。

「だったら、今日は送って行ってやるから、これからは面倒臭がらずに自分の足で帰れ、オレのところに来るな」

いつもより一段低いトーン。トレインは立ち上がって服を掃った。

「怖いんだろう?」

ならもう関わらない方がいい。そう言って見下ろす暗い色の目に俺の顔だけが映る。トレインに会わない。会えない。何それ。え、何それ。




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