月の光だけがかろうじて足元を照らす夜。今日も俺は町のはずれの屋根のない駅にもぐりこんで、ぼんやり光る携帯の画面を眺めながら白い列車を待っていた。
「さっぶ……」
俺の住んでいる場所よりも少しだけ都会なこの町は、その分少しだけ星空が狭い。ぱちんと携帯を閉じる音がやけに響く。白い息を天に向かって吐き出して、冷たい風を少しでも避けようと太い柱にもたれかかろうとして。
「ん?」
何かを蹴飛ばしたような気がして、携帯電話の画面で足元を照らしてみる。そこにあったのはやけに分厚い封筒。何となしに拾い上げて親指でなぞった。この大きさはもしや、札束。
「おいおいどう しよう、拾った人って何割もらえるんだっけ、っと。……あり?」
指先に感じる面積に若干の違和感を覚えて引き出してみると、それは俺の知ってる諭吉さんではなかった。一枚一枚ぺらぺらとめくってみると、一枚目聖徳太子ちゃん、二枚目聖徳太子ちゃん、三枚目聖徳太子ちゃん。およそ百枚目、厩戸皇子。
「昔の万札束が何でこんなところに?」 『かえせ』 「……え」 『かえせ』 「なにか声が聞こえた気がするんだけど気のせいだよねだってこの時間この駅で俺以外の人間見たことってないもん、ね……!?」
ひたり。ひたり、ひたり。
背後から、冷たい足音が聞こえる。近づく。何かやばいような気がする、背中を冷えた汗が伝う、振り向いてはいけないと脳が警鐘を鳴らす。やばいやばいきっと来る。まあしかし。
「き、きっと、来る!」
しかしやってはいけないと 思ったことほどやってしまうのが人の性というやつで。うん結論から言おう、振り向いた。閑散とした駅に、俺しかいないはずの駅に、人のような形をしたうごめく黒い、影、が。
『そレはおでのカネ、だ』
それを目に捉えた刹那、黒い影が俺にのしかかり、手が首に伸びる。待て、待て待て話せばわかるバーイ犬養毅、なにか言いたいのに息ができない。不気味なまでに細い指が俺の首の皮膚に食い込んでいく、白濁した目がぎょろりと俺を見下ろす、次第に力がこめられていく、器官が潰されていく。
『ガえセ、カエせ、かえぜ』 「……っ」
指にさらに力が入り、がっ、と口から嫌な音が漏れた。死ぬって、これは死ぬって!
『か、え、セ』
そして柔らかい皮膚を破らんとする冷たい指、今までの人生の名シーンが猛スピードで目の前に巡りだし、
「そいつに、何して、る!」
トレインの声に、走馬灯から現実に引き戻された。線路を跳ねる車輪の音。ファン、とひとつ吠えて、輝く白い列車が空中に躍り出た。
『ガっ……!』 「只の残留思念の分際でいつまで此処に居座るつもりだ、……さっさと、消えろ!」
カッとまばゆく目を刺すライトに照らされ、しゅわしゅわと黒い影が溶けていく、男は俺の首から離した黒い手で顔を覆った。
『な、ら、おデも、おデも乗セていっでぐれよぅ……』 「断、る! 消、え、ろ!!」 「まぶ、し……ッ」
トレインの声が一蹴し、ライトが一層白く明るくなる。まぶしい。目の痛みに耐えきれなくなって瞼を閉じてそのまま倒れていると、いつのまにか影はいなくて、苦しそうに肩を上下させいる人の形をしたトレインだけが俺のそばにいた。
「トレ、イ、ン」 「いいか、もう二度とここに来るな、いいな」
トレインの声が聞こえた。いつもと違う、どこか固い声。その声を聞いて、何故か身体から力が抜けていく。安心?あれ、それならなんで、なんで俺の腕は持ち上がらないんだろう。
「……危ないだろうが」
トレインの無機質な目、少しだけ寂しそうに細められたそれを遠ざかっていく視界の端に捉えて、俺は完全に気を失った。
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