『あの日の夢を見る。

××××、が、肉となり地面に叩きつけられる音。

俺の奥に刻み込まれたなにかが囁く。

世界を救え。
お前は世界を救わなければならない。
そのための存在。
そのための歯車。

遮るように、俺の声が叫ぶ。

失いたくないならば、考えろ。
どちらも救う道を、その剣で貫き通せ。

けれど、考えて、考えて、考えて。
いつまで考えて、考えて、考えた末に。

「…………さ、ん……」

どちらも失った世界の、無能な勇者が立っている。
夢だと知っている。過去だと識っている。嘘だと知って、わかっているのに、絶望と共に俺はそれを見る。
兵の屍、友の屍、そして、もはや原形をとどめない××××の。赤く染まる城でただ立ちつくす、愚かな男。捨てられた聖剣。嫌だ見たくない嫌だいやだいやだ、いやだいやだいやだでもこれは罰なんだ俺が俺が俺は勇者でありながら俺は。目の前の肉塊をかき集め、思い出の中の体温に縋る俺を見――。

「とうさん?」

ふと、額に冷たく固い感触を感じ、顔を上げる。意識が浮く感覚。』



エルヴィスが目を覚ますのを認め、寸前でガルタニアスは魔法で姿を隠しました。何だか少し、顔を合わせづらかったのです。薄い涙の膜がはった金の瞳がいつも通りの寝室の、清潔な天井を映します。エルヴィスは上体を起こし、しばらく寝起きの呆けた顔で何事か考えた後、手をのばしてベッドの端を撫でました。

「…………父さん」
「……………………」
「……父さん、シーツに皺とな、体温ちょっと残ってるぞ」
「む、そうか」

ガルタニアスは観念し、姿隠しの魔法を解きます。降参とばかりに両手のひらを見せれば薄く笑うエルヴィス。汗ばんで金の髪が張り付いた彼の額に右手をやれば、大魔王の指先が冷たかったのか、青年は少しだけ身体を震わせました。

「あのさ」
「うん?」
「俺はもう子どもじゃないんだから、おまじないのキスとかそういうのは――」

ガルタニアスはそれ以上を聞きませんでした。前髪をかき上げてやってもう一度額に口づければ、魔王の口から、愛している、と長年の癖で呪文が滑り出ます。 エルヴィスもそれ以上言葉を続けることはありませんでした。ただ顔の血色を少し良くして、シーツをぎゅうと握るだけです。どこか心地よさそうに細められた金の両瞳に、不快に思っているわけではないのだろうと判断して魔王は顔を離します。少し名残惜しそうな息子の姿に魔王は胸がぎゅうと押し潰されるような錯覚を覚えました。それと同時に、涙の跡が残る彼の頬に、確かにあった痛々しい絶望の跡に、どうしようもない高揚も。

「すまない、エルヴィス」
「父さん?」
「……いや、何でもない」

何でもないんだ、とガルタニアスは笑い、青年に背を向けて玄関へと早足で向かいました。自分はいつも通り笑えていたでしょうか。ぎこちなくはなかったでしょうか。こんな自分に、気づかれては。外に一歩、今日も広がる世界の果て。魔王の「牢獄」。ガルタニアスは両手で顔を覆い、閉じた扉に背を預けました。

「私は…………」

聞こえてしまう悪夢の欠片。見えてしまう彼の「恐怖」。
大魔王ガルタニアスは、人間の絶望を糧にする生き物。
自分のせいで悪夢に苦しむ息子の姿が何よりも甘美なものに見えてしまう魔王は、己は、やはりどうしようもなく浅ましい生き物なのだとしか思えず、故にガルタニアスは今日の「懲罰」を増やすことに決めました。




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