むかし、むかし。あの日、大魔王ガルタニアスは光の勇者たる子供を求め、そして見つけました。 無惨に殺された母の骸にしがみ付き泣き喚く、金の髪の幼子。賊であろう髭を生やした男たちは下卑た笑みを浮かべて子供の腕を乱暴に掴んで立たせ、彼をどこかへ引きずって行こうとしていました。いわゆる人売りでしょうか。おかあさん、おかあさん、と叫ぶ、耳障りな子供の声。
『人間は、これだから』
魔王は嘆息し、手始めに子供の腕を掴んでいた賊の心臓を掴みました。残りの男たちが、大魔王の姿を認めるよりも早く、手を引き抜きます。どくん、どくん、と本体が死を迎えたことに気づかない心臓が魔王の手のひらで鼓動を空しく刻んでいました。
『この子供は私の玩具だ、いいな?』
低く響く魔王の声、おびただしい血を流して突然倒れた仲間の身体、全てを認識し理解した賊たちの顔に恐怖と絶望が刻まれます、だいまおう、と彼らの唇がなぞり、次の瞬間、全ての心臓が抜かれ、絶命。ああ、これだ。私はこれを求めている。大魔王は身体中に走る恍惚に浸ったまま最後の心臓を握り潰し、金色の子供を見下ろします。
『さて、お前はどうしてやろうか。脳を弄って全てを書き換えるか、いや敢えて勇者の意識を残したまま身体だけ支配するのも良いな』 『…………さん?』 『何だ、良く聞こえぬ。命乞いか?』 『……おと……さん?』 『……………………は?』
子供はきらきら光る目を真ん丸に見開いて、両手を上げてにっこりと笑いました。
『おとうさん、だ! おれがこまった時おとうさんが助けにきてくれるって、おかあさんがいってたもん!』 『何を言って』 『あのね、おれはエルヴィス、3さい! はじめまして、おとうさん!』 『おい!』
嬉しそうに足に抱きついてくる子供。彼の金の瞳に見えるのは今まで向けられたのない真っ直ぐな好意、大魔王はその眩しさに怯みます。途端に力を失っていく自分の両手を見て、額を押さえました。
『これは……こいつをこのまま持って帰らねばならないというのか』 『おとうさん?』 『うんざりする……』
乱暴に小さな身体を抱き上げれば、それでも楽しそうにはしゃぐ子供。その様子に殺意が湧きましたが魔王はぐっと我慢します。ここで殺してしまってはせっかくの計画が台無しです。
『しばらく傍に置いて、機を見て必ず我が配下としてやるからな』 『おとうさん、おれといっしょにいてくれるの?』 『不本意ながらそういうことになるな』 『うれしい!』
かくして、大魔王ガルタニアスは光の勇者の洗脳に失敗し、「息子」を一人手に入れることとなりました。ほんとうに、大変、真に不本意ですが、この小さな勇者を手元に留めておくためには好都合だと自分で自分を納得させます。勇者が大人になるまでまだまだ時間はあります、自分の恐ろしさをじっくりとこの子供に教え込んでやればいいのです。
だって大魔王ガルタニアスの魔法は、魔王を恐れぬ者には効かないのですから。
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