時代は戻り、現在。

「ここは牢獄だと、何度言ったら分かるんだお前は」

かつての大魔王ガルタニアスは、呆れたように唸りました。唸りつつ、先程まで食べていた鶏肉の煮込みを睨みます。ほどよく煮られ口の中でほどける肉、鶏から出た旨味を余すところなく吸った柔らかい野菜。城で食べていたもののような豪華さはないながら、その味は素朴で優しく、塩加減も魔王好みに整えられていて、ついついフォークが伸びてしまいそうです。しかし、食べながらの説教は礼儀に反し、かつ威厳も半減するというもの。ガルタニアスはぐっと姿勢を正し、呑気にパンを齧っているエルヴィスを見据えました。

「エルヴィス、牢獄とは何をする場所だ?」
「ん? 罪人が囚われ罪を償うところ」
「分かっているのなら、頼むからこれ以上此処を快適にしてくれるな……」

ぴかぴかに磨かれた床、染みひとつないテーブルクロスを料理で汚さぬよう揺れに細心の注意を払いながら、ガルタニアスは向かいのエルヴィスを小突きます。
なんというか、魔王の思い描いていた贖罪の生活というのは、もっとこう、質素で汚くて苦しいものだったような。

「ははは、そうか、父さん快適か。それは、良かった……」

エルヴィスは魔王の嘆きを軽く流し、心底嬉しそうに笑みました。そのとろけるような笑顔はいつも見せるものと違っているような気がして、ガルタニアスは紅色の目を擦ります、けれど再び目を開いたときにはいつもの笑顔と変わりないように思えました。

「俺もいつでも嫁に行けるってもんだな!」
「……? お前は男だろう?」
「…………うーん、こういう文脈が読めないから、父さんはいつまでたっても独身なんだよなぁ」

呆れと諦めの入り混じった視線を感じましたが、魔王には何のことかさっぱりわかりません。息子は時折父を独身独身などとからかいますが、何でしょうか、この子は「母」が欲しかったりするのでしょうか。魔王と添い遂げたい者などいるかな、などと少し考えを巡らせていると、エルヴィスはぱっと顔を明るくしていつも通り笑い、席を立ちました。

「ま、誰かを堕落させるなんて、魔王の息子らしくて良いだろってこった」
「エルヴィス、まだ話は……」
「あーとーでー!」
「エルヴィス!」

大魔王の怒号もなんのその、エルヴィスは金の瞳を悪戯っぽく細めて笑い、玄関の扉を開きます。走り去る背中を成すすべもなく見送りながら、ガルタニアスはため息をつきました。

「…………美味い」

彼が手ずから、心を込めて作った料理。それを共に口にし、談笑し、満たされるような心持ちになるなど。ガルタニアスには、そんな資格は無いのです。




   ←      (main)      →   



×