むかしむかし、とはいっても魔族にとってはほんの少し前、人間にとっても赤子が大人になる程度の昔。具体的に言うと二十年ほど前、時の大魔王ガルタニアスの手によって世界が暗黒に飲まれようとしていた時代。 いつものようにガルタニアスは魔物たちを率いて人間の村を焼き、男を潰し、女を切り裂き、奪った金銀財宝に埋もれて嗤っておりました。魔物にボリボリと喰われて絶命する声も恐怖に歪む顔も、愉快で仕方ありません。ですが、彼にはひとつだけ面白くないことがありました。
『何が、いつか光の勇者が助けてくれる、だ』
光の神が与えたもうた予言書。破滅。定め。打ち破る。今がその時だ。きっと勇者はもう生まれている。いつかこの絶望も終わる。近頃、死の間際にそんなことを口走る人間たちが増えました。いつか、救われる。どいつもこいつもそんなことを言い残し、希望を失わないまま死んでいくのです。人間たちの絶望し恐怖する顔が魔王の渇きを唯一癒してくれる物であるのに、です。
『下らない』
魔王を殺しに来ていないのですから、生まれていたとしてもまだ幼い子供なのでしょう。ふと、大魔王の頭に、極悪非道な思いつきが浮かびました。
『光の勇者など、恐るるに足らず。物心つく前に攫い、私側に付くように洗脳してしまえば良い』
しばらく人間が近くに存在することになるのは癪ですが、仕方ありません。救世主であるはずの勇者が魔王の手先になれば、きっと今までよりもずっと沢山の絶望が見られるでしょう。その為に少し我慢をするだけ。ガルタニアスは未来に待っているであろう快感を想ってニタリと嗤い、魔物たちを残してその場から姿を消します。光の魔力を辿り、勇者という道具を迎えに行くために。
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