「おとーさまー、なんでほっぺた真っ赤なの?」 「隊長の愛を受けとめたからだよー」
赤く腫れた私の頬をぺちぺちと叩く白く小さい手のひら。こてん、と小首をかしげる彼女は、私の幼女……おっと違った養女のティーだ。白いレースをふんだんにあしらったワンピースをまとった彼女は、今日も天使のように愛らしい。彼女の脇にてのひらを入れて高く抱き上げると、私の天使はおもちゃみたいな手足をばたつかせて喜んだ。
「愛っていたいのね!」 「いや確かに痛いけどね、痛いのが気持ちいいんだよ!」 「……陛下」 「え? どうしたんですか隊長」
フード付きマントを羽織った隊長が私の襟元をつかむ。自重しろ、そう耳元で囁いてくる隊長の低音にときめきは最初から最高潮だ。というか私は何かいけないこと言っただろうか。
「きもちい? きもちいいって何でー?」 「うんそれはね! 隊長の与えてくれるものならお父様は何でも快楽に変えられるという愛ゆえの高機能変換機能をだね!」 「でででで殿下、おやつはいかがです!? 殿下のお好きな蜂蜜たっぷりの焼き菓子をメイドからたくさん貰ったのですよ!」
なぜかティー付きの女騎士が焦ったように声を上げた。彼女がどこからか菓子を取り出して白いテーブルに並べ始めると、ティーは虹色の瞳をきらきらと輝かせ、するりと私の腕を抜けて女騎士のほうへ駆け出す。
「ハチミツのおかし!」 「え、久しぶりに会うお父様よりも焼き菓子がいいの……? ティーちゃん、お父様泣いちゃうよ……?」
涙目の父に目もくれず、お行儀よくテーブルに座って焼き菓子をほおばる愛娘。甘い紅茶の香りと大好きな蜂蜜菓子に、ティーは満面の笑みを見せる。天使の笑顔の先にいるのはお父様じゃなくて女騎士ですけどね。ティーポットを持ってきた女騎士に、あんなに大好きなお菓子をあーんとかしてあげてますけどね。女騎士も心なしか顔がデレデレしてますからね。
「いつからあんな関係に……お父様は二人の結婚なんて認めないんだから……」 「待て、女同士で結婚するのか?」
ぎりぎりと悔しさに拳を握りしめる私の肩をつかんで、隊長は少し焦ったような声を出した。私は思わずぱちぱちと目を瞬かせてしまう。
「あれ、知りませんでしたか?」
隊長は異国の出身だし、この国に移り住んで十年近いとはいえ、人とほとんど関わらない辺境に住んでいたのだから仕方ないのだろうか。私は黄金色の前髪をかき上げると、隊長に向き直った。
「私の目、何色に見えますか」 「……良く分からん色だ。場所によって色が違う。虹、のような」 「変な目でしょう? 私と血の繋がりなどないのに、あの子の目も私とまったく同じ色をしています」
隊長は黒曜の目を見開いた。そう、この奇妙な瞳こそが王の証。
「我ら王族は血ではなく魂で選ばれる。二十年に一度国内のどこかで虹色の瞳の子供が生まれ、ここで次の王として育てられるんです」 「魂……聖霊の選択か」 「はい」
聖霊の加護を受ける国の王族には制約があるのが常だ。我が国アナステシアスの場合は水の聖霊アニーに選ばれたものだけがこの瞳を持って生まれ、アニーの加護で守られて育ち、この国を総べる王となる。
「余計な争いを避けるため、うちの王族は血を残すことをしないんですよねー」
結婚はできるが同性とだけ。私はここで育ったからそれが当然だと思ってきたのだが、外交に出るようになってから、この習わしは相当妙なものらしいと知った。現に隊長も変な顔をしている。
「……お前、軍にいた時はどうしていたんだ」 「あ、この目ですか? それはですねー王族だとばれないように薄い色ガラスを目に入れてですね!」 「いや、違う、そうではなくてだな、そういう事が聞きたかったのではなくて……」 「はい?」 「そうではなくて……」
あごに手を当てて何かを考えている隊長。褐色の額に刻み込まれた眉間の皺は今日もセクシーだ。私はきゅんきゅんと高鳴る胸の鼓動のままにステップを踏む。隊長は、しばしの逡巡の後、口を開いた。
「スペンサー、……お前は本気で俺に結婚を申し込んでいたのか?」
あれ、一体全体これはどういうことでしょうか、まる。
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