「……いやだ。」
ドラゴンは着地と共に呆然と呟いて、口に咥えた獲物を落とした。窓から覗き込むと、白いベッドに横たわるエイリーンと、彼女を囲んで静かに見守るその家族。 エイリーンが倒れてから、ドラゴンは必至で獲物を取った。庭の隅には肉の山が出来上がっていて、けれど、いつだってそれを食べて美味しいと笑ってくれた彼女は、もはや固形物を食べる気力すらないのだ。
「……人間の伝承のようにワタシの鱗にワタシの血肉に不老不死の効力があったならば今すぐ差し出して無理やりにでも飲ませる。生涯つがいなど得られなくていい。生涯仔など産めなくていい。ワタシが飢えて死んだっていい。死の神が望むならこの世界に存在する何であろうと捧げてみせる。だから、だから、」
ドラゴンは大気を震わせて、大きく天に叫んだ。
「……だから、何だってするから、死なないでほしい、エイリーン……!」
ぼろ、と大粒の涙が零れる。
「……アンタ、昔より良く喋ってくれるようになったわよね。」
エイリーンの子供たちが、窓を開ける。エイリーンの孫たちが彼女の体を支える。エイリーンは窓から手を伸ばし、竜の頭をそっと撫で、いつものように快活に笑った。
「そんな悲しいこと言わないで。アンタはアンタの幸せを、ちゃんと見つけてよ。あたしといた時間なんて、竜のアンタにとっては一瞬だったでしょう?」
ドラゴンは頭を振る。巻き起こった風がエイリーンの髪を揺らす。
「短くなど、なかった。決して、短くなどは、なかった!」
ドラゴンは頭を振る。エイリーンと会うまで知らなかったこと。誰も教えてくれなかった感情の名前も、今なら分かる。 薔薇を用意してくれた日、嬉しかったのだ。 傷ついたエイリーンを前にした日、悔しかったのだ。 エイリーンの夫に会った日、妬いていたのだ。 ずっと昔、赤い竜がいなくなった日、寂しかったのだ。 そして今、とても悲しいのだ。
エイリーンと囲む食事が他の何よりも美味しかったのは、エイリーンのことが大好きだったからなのだ。大好きだから、なのだ。
「そっか。」
エイリーンは顔を皺くちゃにして、紫紺の瞳を細めて、照れくさそうに笑う。
「……ずっと昔の話だけれど。今まで恥ずかしくて言えなかったけど。あたしもね、アンタと食べたご飯が、一番美味しかったわ。アンタがあたしの願いを叶えてくれて、それ以外でも一緒にいてくれて、嬉しかった。アンタのお蔭で、あたしはずっと、とても、幸せ、だっ……た…………」
ゆっくりと手が滑り落ちる。エイリーンの夫がその手を取って、胸の上に優しく乗せた。
「……エ、イリー、ン。」
魂を失くした身体に、力なく閉じられた瞼に、とめどなく流れ落ちる竜の涙は、とても美しかった。
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